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平成22年度
Cプログラム

男女の心のあやや生きることのはかなさを、冷徹な視線で描写し、確固たる作風を築いた成瀬巳喜男監督の戦後代表作を、遺作を含めて紹介いたします。
◆めし
 (1951年 東宝 白黒 スタンダード 97分)


黒澤、溝口、小津に続く<日本の四番目の巨匠>として、今や世界中の映画批評家から熱い視線を受けるに至った成瀬巳喜男監督の代表作に数えられる作品。監督を<世界のナルセ>の地位に押し上げるに功のあったアメリカの映画批評家オーディ・ボックなどは、これを成瀬作品のなかでもっとも好きな作品と語っている。結婚生活も5年が過ぎ、倦怠期を迎え始めた夫婦。そこに突然、夫の姪が転がり込んできたことから、単調だった二人の暮らしに思いもよらぬ波乱が生じはじめる。美男美女の主演二人が、本作ではともに中年にさしかかり、平凡で退屈な男と所帯やつれした女になったさまを、見事に好演している。原作は林芙美子による未完の新聞連載小説。その結末を含め、脚色を委ねられた田中澄江と井手俊郎の良質な叙情と煥発する才気とが美しく調和し、繊細極まりない成瀬の演出と玉井正夫の撮影のなかに開花している。

[スタッフ]
(原作) 林芙美子
(監修) 川端康成
(脚色) 井手俊郎
(脚色) 田中澄江
(監督) 成瀬巳喜男
(製作) 藤本真澄
(撮影) 玉井正夫
(音楽) 早坂文雄
(美術) 中古智

[役名(キャスト)]
岡本初之輔 (上原謙)
妻 三千代 (原節子)
初之輔の姪 里子 (島崎雪子)
村田光子 (杉葉子)
冨安せい子 (風見章子)
村田まつ (杉村春子)
堂谷小芳 (花井蘭子)
竹中一夫 (二本柳寛)
村田信三 (小林桂樹)
谷口芳太郎 (大泉滉)
岡本隆一郎 (山村聡)
山北けい子 (中北千枝子)
芳太郎の母 (浦辺粂子)
竹中すみ (滝花久子)

◆おかあさん
 (1952年 新東宝 白黒 スタンダード 98分)


この作品は当時、全国の小学生から募集した作文をまとめた「おかあさん」をもとに、女流脚本家の第一人者、水木洋子が脚本化したものである。戦災で失ったクリーニング店をようやく再開したのもつかの間、夫は過労で病床に伏し、病弱な長男は息を引き取った。娘二人と幼い甥をかかえて懸命に働く母。そんな生活ぶりを長女の目を通して描いたこの作品は、日本映画のリアリズムの伝統を踏襲したものといえよう。淡々とした生活描写のなかで、母と店を手伝う昔の使用人との噂への反応や、密かに芽生える恋心など、思春期の少女の微妙な感情が、成瀬監督の丁寧で緻密なカットの積み重ねにより描かれ、独自の世界を築き上げている。主演の大スター田中絹代がこの翌年、初めての監督作品『恋文』を演出することになった時、成瀬監督に指導を仰げと助言をしたのは、溝口と小津の両巨匠であった。「キネマ旬報」ベストテン第7位。なお、同監督の『稲妻』も同年の第2位を獲得している。

[スタッフ]
(原作) <森永母を讃える会>選定「全国児童綴方集」より
(脚本) 水木洋子
(監督) 成瀬巳喜男
(製作) 永島一朗
(撮影) 鈴木博
(照明) 佐藤快哉
(録音) 中井喜八郎
(音楽) 斉藤一郎
(美術) 加藤雅俊 

[役名(キャスト)]
福原正子 (田中絹代)
長女 年子 (香川京子)
平井信二郎 (岡田英次)
年子の弟 進 (片山明彦)
木村庄吉 (加東大介)
正子の夫 良作 (三島雅夫)
正子の妹 栗原則子 (中北千枝子)
年子のおばさん (三好栄子)
伸二郎の母 みの (本間文子)
小物屋 おせい (沢村貞子)

◆浮雲
 (1955年 東宝 白黒 スタンダード 123分)


戦中から戦後まもなくスランプ状態にあった成瀬監督は、林芙美子原作の『めし』(1951)を映画化して再起のきっかけとした。その後、同原作者の『稲妻』(1952)、『妻』(1953)、『晩菊』(1954)や室生犀星の『あにいもうと』(1953)、川端康成の『山の音』(1954)の映画化に成功し、<文芸映画><女性映画>の第一人者と言われるようになった。この作品は、林文学の最晩年の長篇小説を映画化したものであり、戦時中、勤務先の仏印で激しい恋に陥った一組の男女が、戦後の荒廃した日本でその不倫関係を断ち切れない様子を描いたものである。あきらめても裏切られても離れられない二人のやるせなさは、なにかにすがりつかずには生きていけない人間の業の深さを描いた成瀬の代表作といえよう。微妙な心の揺れを表現した高峰秀子と森雅之の演技は敬服すべきものがあり、小津安二郎をして「オレにできなシャシンは溝口の『祇園の姉妹』と成瀬の『浮雲』だ」と言わしめた。「キネマ旬報」ベストテン第1位。

[スタッフ]
(原作) 林芙美子
(脚色) 水木洋子
(監督) 成瀬巳喜男
(製作) 藤本真澄
(撮影) 玉井正夫
(照明) 石井長四郎
(録音) 下永尚
(音楽) 斎藤一郎
(美術) 中古智

[役名(キャスト)]
幸田ゆき子 (高峰秀子)
富岡兼吉 (森雅之)
おせい (岡田茉莉子)
伊庭杉夫 (山形勲)
兼吉の妻 邦子 (中北千枝子)
向井清吉 (加東大介)
屋久島の小母さん (千石規子)
仏印の所長 (村上冬樹)
医者 (大川平八郎)

◆乱れ雲
 (1967年 東宝 カラー シネマスコープ 108分)


事故とはいえ車で人をひき殺した青年商社マン、その事故のせいで突然エリート役人の夫を失った女。この二人の微妙に揺れ動く心理を、成瀬巳喜男監督は淡々としたカットを積み重ねることで的確に描き出していく。普通ならば交わることのない二人の関係を、『憎いあンちくしょう』(1962年)などで知られる山田信夫の緻密な脚本を得て、成瀬監督はそれぞれの心の葛藤にまでメスを入れた、内面のドラマへと昇華させていった。そこに横溢しているのは、あっという間に崩れていく人間の生のはかなさであり、死の匂いである。東京から青森に舞台が移り、当初の深い憎しみが徐々に愛情に変わりはじめ、自らの理性と感情の相克に悩むという、難しい役柄を司葉子が好演し、彼女の代表作となった。映画がまだサイレントであった1930年に監督デビューし、その後87本もの作品を世に送った巨匠成瀬監督の遺作にふさわしい秀作である。

[スタッフ]
(脚本) 山田信夫
(監督) 成瀬巳喜男
(製作) 藤本真澄
(撮影) 逢沢譲
(照明) 石井長四郎
(録音) 藤好昌生
(音楽) 武満徹
(美術) 中古智

[役名(キャスト)]
三島史郎 (加山雄三)
江田由美子 (司葉子)
四戸勝子 (森光子)
常務の娘 淳子 (浜美枝)
石川文子 (草笛光子)
林田勇三 (加東大介)
由美子の夫 宏 (土屋嘉男)
石川 (藤木悠)
藤原部長 (中丸忠雄)
武内常務 (中村伸郎)
葛西所長 (小栗一也)

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