東京国立近代美術館 フィルムセンター [NFCカレンダー 1998年12月号]
大ホール上映作品

シネマの冒険 闇と音楽1998

Silent Film Renaissance 1998

京橋新館が開館した1995年に、前年の企画 「サイレント・ルネサンス 映画と音楽の新たな出会いに向けて」 を引き継ぐ形で開催された「シネマの冒険 闇と音楽」は、 無声映画の新しい魅力を引き出すものとして好評を博しました。 シリーズ化された本企画は、昨年に続き今年も 「シネマの冒険 闇と音楽1998(Silent Film Renaissance 1998)」 と題してここに開催の運びとなります。 ベティ・アマンが女の情感をほとばしらせる「アスファルト」、 レフ・クレショフ監督の実験的意欲作 「ボルシェヴィキの国におけるウエスト氏の異常な冒険」をはじめ、 5ヵ国から5本の作品を選んだ今回のプログラムは、 田中絹代=大日方伝共演の「伊豆の踊子」とアルフレッド・ヒッチコック監督の 「農夫の妻」にピアノ伴奏や弁士の語りを付けるという試みを行なうこと (ピアノ、弁士各一回ずつ)、 阮玲玉(ロアン・リンユイ)主演の「女神」をピアノ伴奏と胡弓の伴奏で上映すること (各一回ずつ)など、 これまでにも増して意欲的な企画になっています。 個性的な無声映画の数々を、新しいプレゼンテーションのかたちとともにご堪能ください。

上映スケジュール


A-1 12/15(火)6:30pm 12/24(木)6:30pm

女神

神女 /Shen Nu/The Goddess

夜の女に身を落とし、世間の冷ややかな視線と闘いながら、懸命に一児を育て ようとする母--“中国のガルボ”とも称される阮玲玉が、薄幸のヒロインを 演じた中国映画史上の秀作。「(売春という題材そのものは当時の中国の文学 や映画にも登場するが)この映画の娼婦は、理不尽な世界に生きる全ての女性 と彼女らのあがきの象徴である。こうした題材に対する他に例を見ないアプロ ーチによって、『女神』は中国と世界の両映画史に多大な貢献をしている」(ポ ール・クラーク)。稼いだ金を“ひも”から守るための秘密の壁の穴をめぐる サスペンスに満ちた描写は、阮玲玉の熱演とともにこの作品の白眉であろう。
(82分・24fps・35mm・無声・白黒・中国語インタータイトル/日本語字幕付き)
'34中国/聯華影片公司(監)(脚)(美)呉永剛(ウー・ヨンカン)(製)羅明佑(ル オ・ミンユー)(撮)洪偉烈(ホン・ウェイリエ)(出)阮玲玉(ロアン・リンユ イ)、黎鑑(リー・チェン)、章志直(チャン・チーチー)、李君磐(リー・ チュンパン)

● 胡弓伴奏=曹雪晶[12/15]
● ピアノ伴奏=渡辺雄一[12/24]


A-2 12/16(水)6:30pm 12/22(火)6:30pm

アスファルト

Asphalt

映画監督ヨーエ・マイ(アメリカではジョー・メイ)の名は、ほとんどの場合、 若い警察官とヤクザの情婦との間に生まれる道ならぬ恋と犯罪を描いたこの作 品によってしか語られることがない。日本公開時に川端康成は「女性の肉体の 魅力は、映画で芸術となる。映画とは、女性の肉体の魅力を現すための芸術だ」 と書いたが、今日の観客にとっても、情婦を演じるベティ・アマンの妖艶な美 しさは圧倒的であろう。なお、このNFC所蔵版は、欧語インタータイトルが日 本語(縦書)に差し替えられたものであることをお断りしておく。
(117分・18fps・35mm・無声・白黒・日本語インタータイトルのみ)
'29ドイツ/ウーファ(監)ヨーエ・マイ(製)エリッヒ・ポマー(脚)フレド・マヨ (監督の変名)、ハンス・セッケリ、R・ヴァンロー(撮)ギュンター・リッタウ (美)E・ケッテルフート(出)グスタフ・フレーリッヒ、ベティ・アマン、A・シ ュタインリュック、E・ヘラー、H・A・フォン・シュレットウ、W・フォルスト

● ピアノ伴奏=渡辺雄一[12/16]、 柳下美恵[12/22]


A-3 12/17(木)6:30pm 12/25(金)6:30pm

ボルシェヴィキの国におけるウエスト氏の異常な冒険

Neobychainye priklucheniya Mistera Vesta v strane bolshevikov/The Extraordinary Adventures of Mr. West in the Land of the Bolsheviks

アメリカ人ウエスト氏が、「ボルシェヴィキの国」を訪れて体験する「異常な 冒険」の物語を、同時代のアメリカ映画に似せて演出したレフ・クレショフ最 初の長篇劇映画で、「最も成功したソヴィエト無声喜劇の一つ」(リチャード・ テイラー)と評価されている。「ソヴィエト映画の父」と称されたクレショフ は、実は、十月革命の時18歳、プドフキン、バルネットら多くの才能豊かな青 年を周りに集め、本作品を監督した時でさえ、20代半ばであった--今日の目 で見て内容に陳腐な部分があろうとも、これは国籍と時代を越えた若者の映画 である。
(87分・16fps・35mm・無声・白黒・ロシア語インタータイトル/日本語字幕付き)
'24ソ連/ゴスキノ(監)レフ・クレショフ(脚)ニコライ・アセーエフ(撮)アレク サンドル・レヴィツキー(美)フセヴォロド・プドフキン(出)ポルフィーリ・ポ ドーベド、ボリス・バルネット、アレクサンドラ・ホフーロワ、フセヴォロド・ プドフキン、セルゲイ・コマーロフ

● ピアノ伴奏=柳下美恵


A-4 12/18(金)6:30pm 12/26(土)4:00pm

恋の花咲く 伊豆の踊子

Izu no Odoriko/The Izu Dancer

可憐な伊豆の踊子と東京から来た学生とに芽生える淡く純粋な恋心--川端康 成の同名原作を初めて映画化したこの五所平之助監督のヒット作品は、その 後、松竹大船、日活、東宝でそれぞれ時代のアイドルをヒロイン=踊子に選び 製作されていく5本に及ぶ人気リメイク作品の原型となった。なお、この作品 が「サウンド版」であったとする資料もあるが、御園京平氏の公開当時の記憶 によれば、映画は完全な無声版であったという。ただし、封切り前の時点で「ビ クター・レコード吹込歌詞は(…)相當流行」(キネマ旬報462号)していた らしく、フィルムの冒頭にはそのレコードのクレジットも現われる。
(124分・18fps・35mm・無声・白黒・日本語インタータイトル)
'33日本/松竹蒲田(監)五所平之助(原)川端康成(脚)伏見晁(撮)小原譲治(美)金 須孝、他(出)田中絹代、大日方傳、小林十九二、新井淳、竹内良一、河村黎吉、 若水絹子、高松栄子、兵藤静江、水島亮太郎、武田春郎

● ピアノ伴奏=渡辺雄一[12/18]
● 弁士=澤登翠、 楽団伴奏=カラード・モノトーン[12/26]


A-5 12/19(土)4:00pm 12/23(水)(祝)4:00pm

農夫の妻

The Farmer's Wife

妻をなくし新しい伴侶を求めるウェールズの裕福な自作農が、求婚相手の女性 たちに繰り返し邪険にされたあげく、身近な家政婦に本当の愛と安らぎを得る --原作は大ヒットした同名の芝居で、1940年には同じ英国でトーキー・リメ イクも作られたほどに人気があった。ヒッチコックは、前作「リング」成功の 余勢を駆って、サリー州、デヴォン州(共にイングランド)などでロケを行な い、「楽しめる田園喜劇」(L・マルティン)と呼ぶにふさわしいユーモア溢れ る作品に仕上げている。上映するのは、英国のナショナル・フィルム&テレビ ジョン・アーカイヴから入手した最良プリントである。
(130分・18fps・35mm・無声・白黒・英語インタータイトル)
'28イギリス/BIP(監)(脚)アルフレッド・ヒッチコック(製)ジョン・マックス ウェル(原)イーデン・フィルポッツ(撮)ジャック・コックス(出)ジェームソン・ トーマス、リリアン・ホール=デイヴィス、ゴードン・ハーカー、モード・ギル、 ルイーズ・パウンズ

● 弁士=澤登翠、 ピアノ伴奏=柳下美恵[12/19]
● ピアノ伴奏=渡辺雄一 [12/23 *この回のみ、日本語字幕付き(スライド式)]


(監)=監督  (製)=製作 (原)=原作 (脚)=脚本・脚色 (撮)=撮影 (美)=美術 (出)=出演者

■記載した上映分数は、当日のものと多少異なることがあります。


胡弓伴奏者紹介

● 曹雪晶 Cao Xue-jing(ツァオ・シュエジン)

二胡(胡琴の一つ)の演奏家。上海民族楽団での活躍を経て、来日後、東京芸 術大学、東京コンセルヴァトワール尚美で作曲を学び、各地でコンサートを行 なう。演劇では野田秀樹作「キル」、市川猿之助のスーパー歌舞伎「カグヤ」 等での演奏、テレビではNHK大河ドラマ「秀吉」、TBS「NEWS23」のオープニン グ(坂本龍一作曲)等の演奏を務める。鬼太鼓座との共演もある。無声映画の 伴奏は初の挑戦となる。


ピアノ伴奏者紹介

● 柳下美恵(やなした・みえ)

無声映画伴奏者。武蔵野音楽大学器楽科(ピアノ専攻)卒業。西武百貨店スタ ジオ200在籍時より無声映画に傾倒し、伴奏者をめざして研鑽を積む。山形国 際ドキュメンタリー映画祭などで行なわれた「光の生誕 リュミエール!」や、 国際交流フォーラムでの「ロシア・ソビエト映画祭」でも伴奏を担当。アテネ・ フランセ文化センターでこの春より無声映画伴奏シリーズ「サウンド・オブ・ サイレント」を始める。

● 渡辺雄一(わたなべ・ゆういち)

作曲家、ピアニスト。国立音楽大学在学中より作曲、オーケストレーションを ピエール・ポルト氏に師事。リリカルで郷愁のあるメロディを絶賛される。現 在、オーケストラコンサートや様々な演奏活動の他、楽譜出版にも力を注ぎ、 30冊に及ぶ著作をまとめている。無声映画伴奏者としても各種イベントに出演 し、今回の「シネマの冒険 闇と音楽」でもオリジナル曲を書き下ろしている。


弁士紹介

● 澤登翠(さわと・みどり)

故松田春翠の門下。法政大学文学部卒。「弁士」というユニークな存在が忘れら れていく時代に、あえてその道を志した戦後派である。定期的に開催される「無 声映画鑑賞会」をはじめとする様々な上映会や最近では海外の映画祭などでも 活躍している。現代劇、時代劇、洋画と幅広いレパートリーを持ち、また映画 評論の執筆や映画出演など、その積極的な活動を通して、「伝統話芸・活弁」 を支える貴重な存在となっている。1990年、日本映画ペンクラブ賞受賞。今年 弁士生活25周年を迎え、年末に記念のリサイタルを開く予定。


共演楽団紹介

● カラード・モノトーン

(指揮・三味線=湯浅丈一 ピアノ=村岡貞彦  ヴァイオリン=西野ゆか オーボエ=催成龍 パーカッション=足立克己)

無声映画の音楽(生演奏)を担当する西洋楽器と和楽器とを混成した専属合奏 団。'87年、東京国際映画祭でD.W.グリフィス監督作品「国民の創生」の音楽製 作、演奏を担当し好評を得て以来、日本独特の活動写真の音楽を地道に研究、 澤登翠とともに各地で公演活動中。NFCでの共演も4度目となる。