前回記事に引き続き、長期に情報を維持する仕組みとして考えられたOAIS参照モデルについてご紹介します。
コンテンツ(保存対象)の意味を理解するための情報をひとまとめにした「情報パッケージ」を、どのように扱うかが内容のお話になります。
1.OAIS参照モデルにおけるマイグレーションの種類
OAIS参照モデルでは情報パッケージのマイグレーションの種類として4種類を記載しています。
マイグレーションとはコンテンツを含んだ情報パッケージを移行することです。情報パッケージを入れておく媒体の劣化がある以上、必ず必要になる考えです。
- ビット列の情報を変更しない操作(ビット列:1と0で表すデジタル情報の最小単位の連続性)
(1)リフレッシュ(Refreshment):媒体上のビット情報を、同じタイプの新しい媒体にコピーする。
AIPのマッピング情報は変更されない。
(2)複製(Replication):同じまたは新しいタイプの媒体にコピーする。
AIPのマッピング情報を変更する必要がある。
- ビット列の情報を変更する操作
(3)再パッケージ(Repacking):情報パッケージを構成するパッケージ化情報(Packaging Information)のみ変更があるマイグレーション。
コンテンツ情報や保存記述情報(PDI)には変更がない。
(4)変換(Transformation):コンテンツあるいは保存記述情報(PDI)に変更のあるマイグレーション。
コンテンツなどを変更する可能性があるため、最もリスクのある方法。
リフレッシュと複製は、一般的なデジタル保存戦略において、マイグレーションとは別の考えとされます。
しかしOAISでは情報パッケージに対する操作は全てマイグレーションとして定義しているため、マイグレーションの中に含まれています。同じ言葉でも意味合いが異なるので注意してください。
2.アーカイブを行う組織のもつべき機能とは<機能エンティティ>
長期保存の仕組みとして必ず話題にあがるOAIS参照モデルですが、「情報パッケージ」など情報の管理に触れられることは多いものの、人や組織にも役割・機能が割り当てられていることに言及することは多くありません。
OAIS参照モデルでは満たすべき6つの機能エンティティ(図の濃い青の部分)が最小限の責任セットとして定義されています。下記の図は、機能の間でどのような情報パッケージあるいはメタデータが受け渡されるのか示しています。
図中の白抜きの楕円は情報パッケージ・記述情報です。詳しくは前回記事を参照下さい。
図.OAIS参照モデルの機能エンティティ(OAIS参照モデルに邦訳追加)
機能エンティティごとに簡単な説明と、詳細機能を一覧化しました。
「機能」というと、ソフトウェアによって実行されることのように聞こえますが、
- 運用統括機能のなかには「標準および方針策定」「顧客サービス」
- 保存計画機能のなかには「保存戦略および標準策定」「技術監視」
といった詳細機能が定義されています。
標準や方針策定、技術やリスクの評価、保存計画の改定などは情報システムのみでは実現できないので、人間的なタスクと言えます。
人間的なタスクをこなすにはOAISの仕組みを維持する体制が必要になります。
詳細な機能はそれぞれの機能エンティティと連携しながら長期保存を実現していきます。はじめに導入した環境をモニタリングし、技術的に陳腐化するまえに改善・対応を行うことで、保存した情報へのアクセスを保証します。保存をとりまく人や組織、そして(情報)システムそれぞれの役割を果たし積極的に維持することが求められます。
こういった積極的な関与が求められる点はデジタル保存の特徴です。低温低湿の環境を揃えれば長期の寿命が期待できたフィルム保存と大きく異なる点と言えるでしょう。
3.OAIS参照モデルはすぐに利用できるのか
ではOAIS参照モデルはすぐに導入・利用することができるのでしょうか?
残念ながら答えはNOです。
OAIS参照モデルは広く様々な環境で使用するに十分な柔軟性がありますが、あくまでも長期保存のためのシステムをモデルとして概念的に定義したのみです。概念的であるために、長期的な保存の基本的な要件を理解することには適していますが、実践的ではありません。どのように実装されるかについては、何の前提もなく、何の技術的制約も記載されていないのです。
そのため、実際の利用に際しては、概念とのギャップを埋めるために以下のような点が必要となり、その煩雑さや仕事量の多さが導入の妨げになる可能性があります。
1.詳細な手順やワークフローを設計・開発する
2.指定コミュニティが、コンテンツ(保存対象)の意味を理解するために必要な、具体的なメタデータ項目を定義・分類する
3.コンテンツを発見・探索するための情報構造を別途定義する
4.ポリシーを策定し、OAISという仕組みを維持する
5.どのような機器構成で行うかを決定し導入する
手順やワークフローは、長期保存を行う組織の内情により細かな検討が必須となることでしょう。
コンテンツを発見・探索するための情報構造は、業界によってはカタロギング(目録化)用のメタデータ構造が利用できるでしょう。映画業界だとFIAFマニュアル(註1)が定義されているため、それを利用することが近道になるかもしれません。
自分たちで全てを行うことが難しいのであれば、OAIS参照モデル準拠をうたうソフトウェアを導入すれば問題のいくつかは解消できるでしょう。しかし、これまでに述べたとおりOAIS参照モデルは人や組織が行うべき事柄も定義しているため、モデルに記載された全ての機能を満たすソフトウェアは無いという点には留意する必要があります。
「OAIS参照モデル準拠」という言葉はとても曖昧なものを指し示しています。準拠した内容と実際にソフトウェアが持つ機能が、コミュニティの求める要件とどれだけ異なっているかを認識した上でOAISを構築していく必要があるでしょう。
OAIS参照モデルの、より具体的な要求としてはISO 16363:2014(信頼性のあるデジタルリポジトリの監査と認証:Audit and Certification of Trustworthy Digital Repositories) (註2)を参照してください。
補足.OAIS参照モデル2002版と2012版の変更点と、これから
補足としてOAIS参照モデルの2002年度版と2012年度版の変更点(註3)について記載します。
- PDI(保存記述情報)にアクセス権情報が追加されました。
- 実行可能な保存戦略としてエミュレーションを重視しています。2002年度版では軽視されていました。
- 運用統括機能エンティティと保存計画機能エンティティとの相互作用が増えています。1節の図
- 「真正性」が定義され、証拠に基づいて判断するとされました。変換(Transformation)時に保持すべき項目を定義することで、AIPバージョンアップ時の真正性が担保されます。
- 「情報パッケージ」の定義が更新されました。論理コンテナであること、コンテンツと記述情報の区切りと識別に利用されることが記載されました。
- 「その他の表現情報」の概念が導入されました。コンテンツを理解する表現情報とは別に、構造や意味情報がどのように関係するか、データベースを処理するソフトウェアは「その他の表現情報」とみなされます。
- 「保存の視点(Preservation Perspectives)」の章が更新され、AIPバージョンとAIP版(Edition)が対比で定義されました。AIPバージョンはマイグレーションの結果として内容情報やPDIが変更されるもの。AIP版は保存の目的以外で内容情報やPDIを更新・改善するものを指します。
以上になりますが、さほど大きな点に変更はありません。それは、すなわち、2002年度版の段階で、デジタル保存を考える上での基本的要件が網羅されていたことを意味しています。
2017年はOAIS参照モデル2012年度版から5年ということもあり、ISOのレビューが行われます。このレビューでは標準の変更を提案する機会が与えられるため、多少の改訂があるかもしれません。動向は注視する必要はありますが、大幅な変更は考えにくく、デジタル保存の検討を妨げるようなことはありません。
どういった項目が提案内容として議論されているか気になる方は電子情報保存連合(DPC)のOAIS Communityをご覧ください。例えば受入を行う前の受入事前処理(Pre-ingest)が議論されています。
(NO)
■本文の註
1.FIAFマニュアル:FIAF – International Federation of Film Archives “The FIAF Moving Image Cataloguing Manuals”
3.Brian Lavoie(OCLC Research)、2014、OAIS Introductory Guide (2nd Edition)