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大ホール上映作品
芸術祭協賛 

シネマの冒険 闇と音楽1996
Silent Film Renaissance 1996

フィルムセンターでは1994年12月に、坂本龍一氏をはじめとする著名な作曲家・ 演奏家にお願いして内外の名作無声映画に音楽をつけていただくという実験的 な特集「サイレント・ルネサンス 映画と音楽の新たな出会いに向けて」(映 画生誕百年祭実行委員会、朝日新聞社と共催)を開催して好評を博しました。 また、京橋新館が開館した昨年には、これを引き継ぐ形で「シネマの冒険 闇 と音楽」という特集を行ない、無声映画の新しい魅力を引き出すことができま した。後者は同じ名称を冠してシリーズ化することとし、今年も「シネマの冒 険 闇と音楽1996(Silent Film Renaissance 1996)」としてここに開催の運 びとなります。昨年の特集では「忠次旅日記」(1927年)「乳姉妹」(1932年) などをはじめとして、これまでNFCが発見し復元してきた日本映画を長短合わ せて10本(5番組)集めて上映しましたが、今回のプログラムでは6カ国から7 本の優れた長篇劇映画を選んでいます。国や作家によって異なる個性的な無声 映画の数々を、ピアノ伴奏や弁士の語りとともにご堪能ください。


A-1 10/1(火)6:30pm 10/12(土)1:00pm

乗合馬車

Tol'able David
アメリカ無声映画を代表するこの作品は、製作当時、むしろハンサムな映画俳 優として人気を得ていたヘンリー・キングが、映画監督として一流であること を世に知らしめたという点で記念すべき作品でもある。この後に続くキングの 監督としての長いキャリアを考えても「乗合馬車」こそが最高傑作であると評 価している人もいる(例えばキングの研究家クライヴ・デントン)。<ダビデ とゴリアテ>の物語が直接的、間接的に下敷きとして用いられながら、非力に 見える若者が我慢に我慢を重ね、ついには堪忍袋の緒を切って兄の仇を討つべ く巨漢の悪人に立ち向かうというストーリー展開になっている。J・ハーゲシャ イマーの小説はもともとD・W・グリフィスが映画化を目論んでいたもので、< 田舎の小さな村><耐える主人公><最後の勝利>などグリフィス的な(ある いはアメリカ映画的なと言ってもよい)主題に満ちている。主人公デイヴィッ ドを演じるリチャード・バーセルメスは、「散り行く花」(1919年)などで知 られるグリフィスに最も愛された俳優の一人であるが、「東への道」(1920年) を最後に師とも頼むグリフィスの元から独立し、この作品のためにキングとと もにインスピレーション社を設立した。'23年5月に日本で公開された。
'21アメリカ/インスピレーション・ピクチャーズ(ファースト・ナショナル 配給)(監)ヘンリー・キング(原)ジョゼフ・ハーゲシャイマー(脚)H・キング、 エドマンド・グールディング(撮)ヘンリー・クロンジャガー(出)リチャード・ バーセルメス、グラディス・ヒュレット、アーネスト・トレンス、ウォーナー・ リッチモンド、エドマンド・ガーニー、マリオン・アボット、ヘンリー・ハラ ム、パターソン・ダイアル
(118分・16fps・35mm・無声・白黒・英語インタータイトルのみ)
● ピアノ伴奏=渡辺雄一


A-2 10/2(水)6:30pm

タルチュフ

Tartüff
モリエールの同名原作をあくまで尊重しつつも、「映画による劇中劇」を用い るなど大胆に脚色し、圧倒的な陰影美で表現した“マスター・オブ・ライト”F・ W・ムルナウ監督の重厚な風格に満ちた作品である。ただし、ゲーテの原作を下 敷きに、同じく名優エミール・ヤニングスを起用した次作「ファウスト」(1926 年)の映画的な<自由さ>に比べると、元々の演劇としての面白さを損なわま いとする表現上の自制が強い、という評価もある(J・R・テイラー)。金持ち の老人の世話を焼く住み込みの家政婦。彼女には老人の遺産を独り占めしよう とする魂胆があった。その強欲に気付かせるために、興行師に変装した老人の 孫(役者)が「タルチュフ--あるいはオルゴン氏とその親しい友人の物語」 という映画を上映する。それを見て騙されていたことを悟った老人は家政婦を 家から追い払う……。当時としては斬新なアイデアであった<映画中映画>の 中で、司祭のふりをしてフランスの旧家オルゴン家の主人(ヴェルナー・クラ ウス)を信用させ、その妻エルミール(リル・ダゴファー)に色目をつかう、 偽善者タルチュフを演じたエミール・ヤニングスの演技は、無声映画史上でも 出色のものと言い得る。尚、英語では"Tartuffe"と綴る。'27年11月、日本公開。
'25ドイツ/ウーファ(監)F・W・ムルナウ(製)エーリヒ・ポマー(原)モリエー ル(脚)カール・マイヤー(撮)カール・フロイント(美)ロベルト・ヘールト、ヴァ ルター・レーリヒ(出)エミール・ヤニングス、ヴェルナー・クラウス、リル・ ダゴファー、ルチー・ヘーフリッヒ、アンドレ・マットーニ、ヘルマン・ピヒャ、 ローザ・ヴァレッティ
(85分・16fps・35mm・無声・白黒・英語インタータイトル/日本語字幕付き)
● ピアノ伴奏=柳下美恵


A-3 10/3(木)6:30pm

大地

ZH2lya/The Earth
ウクライナの生んだ偉大な映画作家として、また、エイゼンシュテイン、プド フキンと並ぶソヴィエト無声映画の巨匠として、今日も高い声価を得ているア レクサンドル・ドヴジェンコ(1894年~1956年)の代表作。個人農を集団化し ようとするコルホーズ運動が進行していたウクライナの伝統的な農村に、ある 日トラクターがやって来る。富農の息子コーマにとって、村人を駆り立てトラ ックを操る青年ワシリー(S・スヴァシェンコ)は、癪の種である。恋人たちが 愛を語り合うある夏の夜、帰宅の途にあったワシリーは、物蔭から何者かに撃 たれてしまう。出産間近い母も、許婚ナタールカも、ワシリーの突然の死に打 ちのめされる。野辺の送りはそのままワシリーの理想を継いで完成するための 決起集会となるが、そんな中で良心の呵責に耐えかねた下手人コーマは狂った ように罪を告白する……。「筋書そのものには興味はなかった」と監督自身が 回想しているように、むしろこの映画の魅力は、トルストイ文学と比較する批 評家もいるごとく、圧倒的な詩情を湛える自然の描写とそこに暮らす人々の生 死のリアリズムにあるといって良いだろう。本国公開当時、ソヴィエト中央か らは、「反革命的」「敗北主義的」等と批判された。日本では'31年7月に公開。
'30旧ソ連(ウクライナ)/VUFKU(監)(脚)(編)アレクサンドル・ドヴジェンコ (撮)ダニーロ・デムツキー(美)ワシリー・クリチェフスキー(出)ステパン・シュ クラート、セミョーン・スヴァシェンコ、ユーリア・ソーンツェワ、エレーナ・ マクシーモワ、I・フランコ、ピョートル・マソーハ、V・ミハイロフ、P・ペ トリク、N・ナデムツキー
(61分・24fps・35mm・無声・白黒・露語インタータイトル/日本語字幕付き)
● ピアノ伴奏=渡辺雄一


A-4 10/5(土)1:00pm 10/8(火)6:30pm

リング

The Ring
アルフレッド・ヒッチコックの監督第6作で、1人の女と2人のボクサーの三角 関係を描いている。題名の<リング>はボクシングの行なわれる場所であると 同時に愛の証として3人の間を巡る<結婚のリング>をも示している。ジャッ ク・サンダーは旅廻りの賞金稼ぎボクサーで、“ワン・ラウンド”ジャックの 異名をとっていた。愛する<女>ためにヘビー級の現役チャンピオン、ボブ・ コービーのスパーリング・パートナーとなるジャックだったが、結婚した<女 >はボブにくどかれ去っていく。ボブとジャックはボクシングの試合で対決す ることになる。試合当日、<女>は劣勢のジャックを見て後悔し、夫のもとに 駆け寄り応援する。力づいたジャックはついにチャンピオンを破り、<女>の 愛も取り返す。「映画はとても高く評価されたんだが、かんじんのお客がこな かった」(「映画術」)という監督本人の控えめな発言があるが、今日では評 価、人気ともに高く、例えばジェフ・アンドルーのように、「異論もあろうが おそらくヒッチコックの無声映画中で最上の作品であり、(中略)この<若手 監督>が映画というメディアを自在に操ることができるという点で完全に自信 を得たということが分かる」と書く批評家もいる。本邦劇場未公開。
'27イギリス/ブリティッシュ・インターナショナル・ピクチャーズ(ウォー ドー・フィルムズ配給)(監)(原)アルフレッド・ヒッチコック(製)ジョン・マッ クスウェル(脚)アルマ・レヴィル(撮)ジャック・コックス(美)C・ウィルフレッ ド・アーノルド(出)カール・ブリッソン、リリアン・ホール・デイヴィス、イ アン・ハンター、フォレスター・ハーヴェイ、ハリー・テリー、ゴードン・ハー カー、ビリー・ウェルズ
(107分・20fps・35mm・無声・白黒・英語インタータイトルのみ)
● ピアノ伴奏=柳下美恵


A-5 10/9(水)6:30pm

大疑問

The Greatest Question
アメリカのプア・ホワイトの生活を背景に、幼いときに偶然目撃した殺人事件 故に、成長した少女ネリー(リリアン・ギッシュ)が体験することになる恐怖 を描く異色作で、「国民の創生」「イントレランス」などで知られるアメリカ 映画の父(American Film Master)D.W.グリフィスが監督している。1919年はグ リフィスにとってめまぐるしい年であった。「散り行く花」のニューヨーク公 開を済ませた彼は、オハイオ州コロンバスに立ち寄った後、カリフォルニアに 戻り、「悪魔絶滅の日」(アートクラフト社用の最後の作品)の撮り残しを片 付け、その編集中に「大疑問」の撮影も同時進行し、完了前に「渇仰の舞姫」 に着手し、ニューヨーク州ママロネックで建設中だった新撮影所で「大疑問」 を撮了し、「渇仰の舞姫」と「愛の花」のロケ撮影のためにカリブ海へと赴い た。「大疑問」「渇仰の舞姫」「愛の花」の3本はファースト・ナショナルと の配給契約によるものだが、グリフィスはママロネック撮影所の資金を稼ぎ出 すために必死だったのである。アイリーン・バウザーは、3本の中で「大疑問」 が、「アメリカの田舎」というもっともグリフィス的な主題を扱って秀でてい ると述べている(D.W.Griffith, p.61)。'21年7月に日本公開。
'19アメリカ/グリフィス社(ファースト・ナショナル配給)(監)D・W.・グリ フィス(原)ウィリアム・ヘイル(脚)S・E・V・テイラー(撮)G・W・ビッツァー (出)リリアン・ギッシュ、ロバート・ハロン、ジョージ・フォーセット、ユー ジェニー・ベッセラー、ラルフ・グレイヴズ、ジョージ・ニコルズ、ジョゼフィ ン・クローウェル、トム・ウィルソン
(91分・16fps・35mm・無声・白黒・英語インタータイトルのみ)
● ピアノ伴奏=渡辺雄一


A-6 10/10(水・祝)1:00pm

スポーツの女王

體育皇后/Tiyu Huanghou/Queen of Sport
中国無声映画の革新と近代化に大きな貢献をした孫瑜監督が、明るいキャラク ターと健康美でアイドルとなっていく黎莉莉を初めて本格的に主演させたスポ ーツ青春ドラマ。父とともに上海にやってきた少女林瓔は、その明朗快活な言 動で周囲を驚かす。入学した女学校では抜群の運動神経を見込まれ、幼なじみ 雲雁の兄雲鵬コーチの指導の下、陸上選手として猛特訓を受ける。全国体育大 会に出場した林瓔は、ライバル肖秋華らの嫌がらせにも負けず好記録を出す。 無理がたたった肖秋華は予選で発作を起し、担ぎ込まれた医務室で林瓔にそれ までの非を告白、故郷の家族への想いを語りながら事切れる。意欲を失った林 瓔は、それでも説得されて出場した決勝のレースで勝ちを他の選手に譲る。観 客の失望をよそに、雲鵬らはそんな彼女を「新時代に唯一人の皇后(ヒロイン) は要らない」という言葉で暖かく迎える。競技場では選手たち全員による体操 が繰り広げられる……。大胆に肢体を見せる溌剌とした黎莉莉--彼女がりん ごを噛るシーンなどを見て、はるか後に大島渚が作った「青春残酷物語」(1960 年)を連想する映画ファンがいるとすれば、それは時空を越えた<ヌーヴェル・ ヴァーグ>という映画の青春神話を信じる人々に違いない。本邦劇場未公開。
'34中国/聯華影業公司(監)(脚)孫瑜(スン・ユィ)(製)羅明佑(ルオ・ミン ヨウ)(撮)裘逸葦(チウ・イーウェイ)(美)劉晋三(リウ・チンサン)(出)黎 莉莉(リー・リーリー)、張翼(チャン・イー)、殷虚(イン・シュイ)、白 〓(パイ・ルー)、王黙秋(ワン・モーチウ)、高威廉(カオ・ウエイチェン)、 何非光(ホー・フェイコアン)、尚冠武(シャン・コアンウー)、李君磐(リー・ チュンパン)
(89分・24fps・35mm・無声・白黒・中国語インタータイトル/日本語字幕付き)
● ピアノ伴奏=柳下美恵


A-7 10/4(金)6:30pm 10/11(金)6:30pm

さらば青春

Addio Giovinezza!
1910年にデビュー後、「またたく間にイタリア無声映画の代表的な“ディーヴ ァ”の一人としての地位を確立し、同世代の人々からはヨーロッパで最も教養 に溢れ知的で眉目麗しいスターの一人と評価されていた」(E・カッツ)マリア・ ヤコビーニを主演にアウグスト・ジェニーナが監督した作品で、二人各々にと っての代表作でもある。友人レオーネとともにトリノの大学に入るため田舎か ら出てきた青年マリオは、下宿先の娘ドリーナに好意を持ち、彼女の方もマリ オを憎からず想うようになる。だが、女優エレーナの魅力に次第に抗しがたく なっていくマリオは、ある日ドリーナと喧嘩をしてしまう。これが引金となっ てエレーナとドリーナは深い仲となり、ドリーナは独り心を痛める。時は移り、 マリオはドリーナの変わらぬ真心を思い知らされるときが来た。しかし、彼は 大学を卒業し故郷に帰らなければならない。マリオを乗せて走り去る列車にド リーナは橋の上から花を投げる……。プリントはNFCの小宮登美次郎コレクシ ョンからで、製作当時の長さから比べれば欠落はあるものの現存するものとし ては世界のベスト・エディションだと考えられている。今回は<無字幕版に弁 士>という上映形態となる。日本での初公開は'21年10月。
'18イタリア/イタラ・フィルム(監)(脚)アウグスト・ジェニーナ(原)サンド ロ・カマジオ、ニーノ・オクシリア(撮)ジョヴァンニ・トマーティス(出)マリ ア・ヤコビーニ、リド・マネッティ、エレーナ・マコウスカ、ルッジェロ・カー ポダリオ
(64分・18fps・35mm・無声・白黒・無字幕)
● 弁士=澤登翠
● 共演=柳下美恵[10/4・ピアノ伴奏]
● 共演=カラード・モノトーン[10/11・楽団伴奏]


監=監督 製=製作 原=原作 脚=脚本・脚色 撮=撮影 美=美術 編=編集
出=出演者

弁士紹介

澤登翠(さわと・みどり)
故松田春翠(無声映画鑑賞会)の門下。法政大学文学部卒。「弁士」というユニ ークな存在が忘れられていく時代に、あえてその道を志した戦後派である。定 期的に開催される「無声映画鑑賞会」「活弁シネマ館」(恵比寿)や最近では 海外の映画祭などでも活躍している。現代劇、時代劇、洋画と幅広いレパート リーを持ち、また映画評論の執筆や映画出演など、その積極的な活動を通して、 「伝統話芸・活弁」を支える貴重な存在となっている。サイレント映画や弁士 を懐古的な存在としていない所が彼女の特徴であろう。1990年、日本映画ペン クラブ賞、'95年、日本映画批評家大賞ゴールデン・グローリー賞を各々受賞。

共演楽団紹介

カラード・モノトーン
(指揮=湯浅丈一 ピアノ=村岡貞彦 ヴァイオリン=大鹿由希 フルート =鈴木真紀子 パーカッション=足立克己)
無声映画の音楽(生演奏)を担当する西洋楽器と和楽器とを混成した専属合奏 団。'87年、東京国際映画祭でD・W.・グリフィス監督作品「国民の創生」の音 楽製作、演奏を担当し好評を得て以来、日本独特の活動写真の音楽を地道に研 究、澤登翠とともに各地で公演活動中。なお、今回の上映では三味線は使用し ない。

ピアノ伴奏者紹介

渡辺雄一(わたなべ・ゆういち)
作曲家、ピアニスト。国立音楽大学在学中より作曲、オーケストレーションを ピエール・ポルト氏に師事。リリカルで郷愁のあるメロディを絶賛される。現 在、作曲・編曲・ピアノ演奏を中心に、オリジナル曲でのオーケストラコンサ ートや、各種イベントなどで演奏活動中。また楽譜出版にも力を注ぎ、代表作 に「スクリーン・ベスト・セレクション1・2」「ピアノ・キッズ・コンサート」 (共同音楽出版社刊)がある。

柳下美恵(やなした・みえ)
無声映画伴奏者。武蔵野音楽大学器楽科(ピアノ専攻)卒業。近藤千穂、坂井 玲子各氏に師事。西武百貨店スタジオ200在籍時より無声映画に傾倒し、伴奏 者をめざして研鑽を積む。山形国際ドキュメンタリー映画祭を皮切りに、高知 県立美術館、郡山市民文化センターなどで行なわれた「光の生誕 リュミエー ル!」や、国際交流フォーラムでの「ロシア・ソビエト映画祭」でも伴奏を担 当した。NFCには渡辺氏同様、昨年の「シネマの冒険 闇と音楽」に続く出演と なる。