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大ホール上映作品

フィルムは記録する'98:日本の文化・記録映画作家たち

Glimpses of Nippon '98: A Japanese Documentary Tradition

2月10日(火)-3月7日(土)/3月17日(火)-3月28日(土)

 昨年の企画「フィルムは記録する'97」では、戦前・戦中期に登場した文化映画・記 録映画のパイオニアたちの作品を中心に紹介し、長篇劇映画と並んで興隆しつつあ ったもう一つの映像文化の系譜をたどりました。これに引き続き、今回の特集では重 心を第二次大戦後に移し、敗戦に伴って政治・経済情勢や日常生活の枠組が大きく 転換する中で、「文化映画の黄金期」を経験した戦前からの映画作家たちがいかな る方向性を求めたか、また戦後になって活躍の機会を得た作家たちがどのように製 作システムを確立し、固有のテーマと表現を持つに至ったかを概観します。  この時期には数多くの特徴的な製作会社が設立され、戦後民主主義の思潮や高 まる労働運動を背景にした社会批判的な作品が発表された一方、科学映画の分野 ではカラー・フィルムの導入や顕微鏡撮影の発達が新しい地平を切り開きました。ま た製作面では、戦前の文化統制に代わって企業のスポンサーによるPR映画が盛ん になり、1950年代中頃からは、一般の劇映画と同じく商業劇場で公開される長篇作 品が製作されるようになってゆきます。

 この特集上映は、微視的にそして巨視的に世界を見つめようとするこれらの視線を 介して、戦後日本のノンフィクション映画が持ち得たインパクトを体験する好機となる でしょう(コラムごとの最初の太字は番組名です)。


A-1 2/10(火)3:00pm 2/26(木)6:30pm 3/24(火)3:00pm

日本映画社:吉野馨治と小口禎三

(計71分)

「雪の結晶」(1939年、東宝文化映画部)で注目された吉野馨治(1906~1972)は、戦 後、気象学研究と映画との接点をまず日本映画社に見い出すが、小口禎三や吉田 六郎といったカメラマンを擁したその製作活動は後の岩波映画製作所の設立につな がってゆく。また十字屋映画部出身の奥山大六郎らも同社で一連の秀作を発表し、 科学映画の復活を告げた。

霜の花(20分・35mm・白黒)
'48(日本映画社)指導中谷宇吉郎、花島政人(撮)吉野馨治、吉田六郎、小口禎三 (音)伊福部昭(解)徳川夢声

北方の霧(15分・16mm・白黒)
'48(日本映画社)(監)(脚)竹内信次(製)吉野馨治(撮)小口禎三(録)浦田文夫(選曲) 小津淳三

魚の愛情(18分・35mm・白黒)
'47(日本映画社)(監)(脚)奥山大六郎(原)太田仁吉(撮)八幡治夫(音)鈴木林藏

生きているパン(18分・35mm・白黒)
'48(日本映画社)(監)奥山大六郎(製)石本統吉(原)太田仁吉(脚)新庄宗俊(撮)小 林米作(録)浦田文夫(選曲)武田俊一


A-2 2/10(火)6:30pm 2/27(金)3:00pm

日本映画社:柳沢寿男

(計86分)

戦時の映画統制下で松竹京都撮影所から日本映画社に移籍した柳沢寿男(1916 ~)は、敗戦後間もなく、同社が教育映画の製作に重点を置いた時期に活躍する機 会を得た。とりわけ単独でのデビュー作「富士山頂觀測所」はその重厚な描写が高く 評価され、その後日本映画新社への改組の際にフリーとなってからは各社にまたが って多くのPR映画に携わることになる。

炭坑(33分・35mm・白黒)
'47(日本映画社)(監)伊東壽惠男、柳澤壽男(製)加納龍一(撮)川口和男、橋本正 (録)佐藤肇(音)飯田信夫(解)石黒達也

富士山頂觀測所(21分・35mm・白黒)
'48(日本映画社)(監)(脚)柳澤壽男(製)多胡隆(撮)中村誠二(録)酒井栄三(選曲)小 津淳三

海に生きる 遠洋底曳漁船の記録(32分・35mm・白黒)
'49(日本映画社)(監)柳澤壽男、樺島清一(製)中村正(脚)竹内信次(撮)林田重男、 清水浩、関口敏雄、山口貮郎(録)國島正男、香月宏介、廣上庄三(選曲)鈴木林藏 (解)松本克平


A-3 2/11(水・祝)1:00pm 2/27(金)6:30pm

理研映画から新理研映画へ

(計98分)

理研科学映画は再開の第一歩として、「あなたの議會」を第1集とする社会時評シリ ーズ「シネトピックス」を製作、理研映画と名称を改める。困難な経営が続く中で、 1952年5月新理研映画として再出発したが、ニュース映画とPR映画を中心とする 製作方針にあって「死の灰」は数少ない教育映画の系譜に入る。また「青い指紋」 は、犯罪捜査を扱った警視庁後援のセミ・ドキュメンタリー(新東宝系公開)。

あなたの議會[部分](11分・16mm・白黒)
'46(理研科学映画)(監)菅沼完二(撮)廣川朝次郎(録)琴清

死の灰(23分・16mm・白黒)
'54(新理研映画)指導木村健二郎(構)島内利男(製)笛木重三郎(撮)大内守(録)太 田千里

青い指紋(64分・35mm・白黒)
'52(理研映画)(監)青戸隆幸(製)上島雅文、小山誠治(脚)長谷川公之(撮)高井四郎 (録)井上俊彦


A-4 2/11(水・祝)4:00pm 2/28(土)1:00pm

新世界映画社

(計67分)

1949年に消滅した新世界映画社の前身は日本映画社、理研科学映画、電通映画社 と共に戦中を代表する大プロダクションであった朝日映画社(1947年に改称)。戦後 初期の作品には、軍国主義的な歴史教育の廃止に伴って普及した古代史研究、盛 り上がる労働組合運動など、変動する社会情勢が鮮明に反映されている。後2作品 は1947年に誕生した労働組合映画製作協議会(労映)の委嘱作品である。

古代の農民生活 登呂(11分・35mm・白黒)
'48(新世界映画社)(監)小山鵠郎(製)島崎清彦(脚)村山英治(撮)岸田崇典(音)諸 井三郎(解)徳川夢声

少女たちの発言(20分・16mm・白黒)
'48(全国繊維産業労働組合同盟=新世界映画社)(監)京極高英(脚)厚木たか(撮) 橋本竜雄

号笛なりやまず(36分・35mm・白黒)
'49(労映国鉄映画製作団=新世界映画社)(監)浅野辰雄(脚)大沢幹夫(撮)仲沢博 治


A-5 2/12(木)3:00pm 2/28(土)4:00pm

中村麟子と日映科学映画

(計83分)

戦前に芸術映画社(GES)の中心人物として活躍した石本統吉(1907~1977)は、日 本映画社の教育映画部解散(1951年)に伴って日映科学映画製作所を創立、十字 屋映画部系のスタッフとともに優れた科学映画の伝統を継承した。そして、生活科学 などの平易な解説で目ざましい活躍を示した中村麟子(1916~)がプロダクションを 代表する作家として成長していく。

結核の生態(20分・16mm・白黒)
'52(日映科学映画製作所)(監)(脚)奥山大六郎(製)石本統吉(撮)小林米作(録)國 島正男(音)武田俊一動画村田安司

結核と斗う(18分・35mm・カラー)
'56(日映科学映画製作所)(監)奥山大六郎(撮)後藤淳

眞空の世界(11分・16mm・白黒)
'53(日映科学映画製作所)(監)(脚)中村麟子(製)石本統吉(撮)広木正幹

小さな芽ばえ(35分・35mm・白黒)
'58(日映科学映画製作所)(監)(脚)中村麟子(製)小林正忠(撮)後藤淳、川村浩士、 野見山務(録)大橋鉄矢(音)片山光俊


A-6 2/12(木)6:30pm 3/3(火)3:00pm 3/28(土)1:00pm

小林米作と東京シネマ

(計97分)

奥山大六郎と共に十字屋映画部の傑作群を世に送り出した顕微鏡撮影の名手小林 米作(1905~)は、岡田桑三率いる東京シネマ(1954年創立)に加わり、そのスタッフ とともに日本の科学映画を国際的な水準に高めた。この頃導入されたイーストマン のカラー・フィルムが、超微速度撮影の生み出すドラマティックな効果を支えている。

ビール誕生(15分・35mm・カラー)
'54(東京シネマ)(監)柳沢寿男(製)岡田桑三(脚)吉見泰(撮)小林米作特殊写真木 村伊兵衛(解)高島陽

ミクロの世界 -結核菌を追って-(29分・35mm・カラー)
'58(東京シネマ)(監)大沼鉄郎、杉山正美(製)岡田桑三(脚)吉見泰(撮)小林米作 (編)伊勢長之(録)片山幹男(音)松平頼則助(解)篠田英之介

マリン・スノー -石油の起源-(17分・35mm・カラー)
'60(東京シネマ)(監)野田真吉、大沼鉄郎(製)岡田桑三(脚)吉見泰(撮)小林米作、 春日友喜、豊岡定夫(録)片山幹男(音)間宮芳生(解)高島陽

生命誕生(17分・35mm・カラー)
'63(東京シネマ)(監)渡辺正己、大島正明(製)岡田桑三(脚)吉見泰(撮)小林米作 (録)片山幹男(音)一柳慧(解)篠田英之介

カルピスの誕生(19分・35mm・カラー)
'67(東京シネマ)(監)渥美輝男(撮)中尾駿一郎


A-7 2/13(金)3:00pm 3/3(火)6:30pm

太田仁吉と科学映画研究所

(計67分)

我が国における科学映画のパイオニア、太田仁吉(1893~1954)。戦中のブランクか ら復帰した彼は、自らが開拓した自然観察の分野で積極的な活動を再開する。戦前 作品の豊かなヴァリエーションからはいくつもの古典的作品が生まれた。動植物に 注がれるその細やかな観察眼が、全農映による一連の農業映画で発揮されている のも興味深い。晩年の1953年には自ら科学映画研究所を創立して活動を続けた。 「阿寒湖のまりも」、「日本の稲作」はともに死後に完成した遺作に数えられる。

阿寒湖のまりも(15分・16mm・カラー)
'54(科学映画研究所)(監)(製)(脚)太田仁吉(原)西村眞琴(撮)関口敏雄(録)田中啓 次(音)伊福部昭

日本の稲作(52分・16mm・白黒)
'54(全国農村映画協会=科学映画研究所)(協力)太田仁吉、中尾重巳、中山亘、加 納竜一、鈴木喜代治、樺島清一、伊藤宣二、鈴木達男、関口敏雄、坂崎武彦、鈴木 武夫、浦井武治、尾山新吉、谷口豊一


A-8 2/13(金)6:30pm 3/4(水)3:00pm

水木荘也と三井芸術プロ

(計72分)

文化映画の理論面を重視した製作集団、芸術映画社(GES)出身の水木荘也(1910 ~)は、戦後になって芸術映画の分野に活路を見い出す。美術スライドを作っていた 三井高孟(たかおさ)は、理研にいた水木や、同じくGES出身の村山英治と出会ったこと で「上代彫刻」を製作、それが三井芸術プロの創立に発展した。

上代彫刻(18分・16mm・白黒)
'52(三井芸術プロダクション)(監)水木莊也(製)村山英治(脚)千澤禎治(撮)永塚一 栄(音)早坂文雄(解)三神茂

桃山美術(18分・16mm・白黒)
'52(三井芸術プロダクション)(監)水木莊也(製)三井高孟(脚)近藤市太郎(撮)川村 清衞(編)下坂利春(音)松平頼則

平安美術(18分・16mm・白黒)
'57(三井芸術プロダクション)(監)水木莊也(製)三井高孟(脚)野間清六(撮)牛山邦 一(録)大橋鉄也(音)池野成(解)村瀬幸子

天平美術(18分・16mm・白黒)
'57(三井芸術プロダクション)(監)(脚)水木莊也(撮)岡田三八雄(録)安恵重遠(音)内 藤孝敏(解)宮田輝


A-9 2/14(土)1:00pm 3/4(水)6:30pm 3/24(火)6:30pm

亀井文夫と日本ドキュメントフィルム[1]

(計95分)

大戦終結の報を受けて、亀井文夫(1908~1987)はまず戦時中のニュース映画の映 像を活用した「日本の悲劇」で天皇の戦争責任を問い、続く劇映画「戦争と平和」 (1947年)とともに本格的な活動を再開する。だが「日本の悲劇」はGHQにプリントを 没収され、東宝争議の激化とともに一度は記録映画のフィールドから退いた。その復 帰は、「基地の子たち」(1953年)で基地問題(砂川闘争)に関わり、自ら日本ドキュメ ントフィルム(初期は日本ドキュメンタリーフィルム)を興してからになる。

日本の悲劇 自由の声(39分・35mm・白黒)
'46(日本映画社)(編)亀井文夫、吉見泰(製)岩崎昶(解)丸山章治

流血の記録 砂川(56分・35mm・白黒)
'57(日本ドキュメントフィルム)(編)(撮)亀井文夫(製)大野忠(撮)武井大、植松永吉、 城所敏夫、勅使河原宏、大野快(編)豊富靖、渡辺正己、岸富美子(録)奥山重之助、 大橋鉄矢、大野松雄(音)長沢勝俊(解)寺島佳子


A-10 2/14(土)4:00pm 3/5(木)3:00pm 3/25(水)3:00pm

亀井文夫と日本ドキュメントフィルム[2]

(計127分)

基地問題と並んで、日本ドキュメントフィルム創立時の亀井が最も大きな関心を寄せ たのは原水爆禁止運動であるが、それは新藤兼人の「原爆の子」(1952年)に刺激 を受けたものであった。被爆者の苛酷な生活を捉えた「生きていてよかった」では、別 に録音した声を後に合成させる手法を用い、また「世界は恐怖する」では科学映画的 なアプローチで放射能の恐怖を示して社会に衝撃を与えたが、そのシンボリックなモ ンタージュ手法の是非についても議論が沸き起こった。

生きていてよかった(48分・16mm・白黒)
'56(日本ドキュメントフィルム)(監)亀井文夫(製)大野忠(撮)黒田清巳、瀬川浩(録) 奥山重之助、大橋鉄矢(音)長沢勝俊(解)山田美津子(五十鈴)

世界は恐怖する 死の灰の正体(79分・16mm・白黒)
'57(日本ドキュメントフィルム=三映社)(監)亀井文夫(製)大野忠、井上猛男(撮)菊 地周、藤井良孝、臼田純一、西堀美知江(編)守隨房子(録)大橋鉄矢、奥山重之助 (音)長沢勝俊(解)徳川夢声


A-11 2/17(火)3:00pm 3/5(木)6:30pm

下村兼史

(計104分)

「或日の干潟」(1940年)など、鳥や小動物の生態を捉えた一連の作品で理研科学 映画に一時代を画した下村兼史(1903~1967)。戦後はフリーとなったが、一貫して 野鳥の姿をカメラに収めるべく新興の各社に製作の場を求め続けた。「ライチョウ」は 長期間にわたって日本アルプスの高山地帯で撮影された、下村の遺作である。

ちどり(32分・35mm・白黒)
'46(東宝教育映画)(監)(脚)下村兼史(製)湯原甫(撮)浦島進(美)北辰雄(録)長岡憲 治(音)服部正動画市野正二(出)落合富子、澤井一郎

或日の沼池(24分・35mm・白黒)
'51(東宝教育映画)(監)(脚)下村兼史(製)湯原甫(撮)村上喜久男(録)長岡憲治(音) 渡辺浦人(解)田上嘉子

或日の草むら(16分・35mm・白黒)
'56(東映教育映画部)(監)(脚)下村兼史(製)山崎季四郎(撮)並川達夫(音)伊達純 (解)近江正俊

特別天然記念物 ライチョウ(32分・16mm・カラー)
'67(日本シネセル)(監)下村兼史(製)静永純一(脚)(編)樺島清一(撮)伊藤三千雄、 赤松威善、村瀬昭夫(音)三善晃(解)城達也


A-12 2/17(火)6:30pm 3/6(金)3:00pm

三木茂と三木映画社

(計52分)

「黒い太陽」や「戰ふ兵隊」等で文化映画の確立に貢献した神話的カメラマン、三木 茂(1905~78)は劇映画の世界に戻ることなく1945年以降、自らの三木映画社で多く の社会教育映画の製作に取り組んだ。柳田国男生誕百年記念会などの協力で製作 された遺作「柳田国男と遠野物語」は、戦中の柳田国男との出会いから民俗学への 関心を深めていた三木の念願の企画であったと言われる。

社会科映画シリーズ 漁村のくらし(16分・16mm・白黒)
'55(三木映画社)(監)(製)(脚)(撮)三木茂

問屋のしごと(11分・16mm・白黒)
'55(三木映画社)(監)三木茂

柳田国男と遠野物語(25分・16mm・カラー)
'76(三木映画社)(監)(製)(脚)(撮)三木茂


A-13 2/18(水)3:00pm 3/6(金)6:30pm

上野耕三と記録映画社

(計89分)

1930年代にはプロキノ(日本プロレタリア映画同盟)に参加した上野耕三(1908~ 81)は戦後、記録映画社を創立(1950年)、第1回作品「村の新地図」をはじめ農村 教育映画を主とするPR映画の製作を手がけた。宮崎県高千穂地方の草刈風景に 民謡を交えて詩情豊かに謳い上げた「刈干切り唄」は、戦前の「和具の海女」ととも に「殆んど自由気儘に作った叙情的」作品であると述べている。

村の新地図(20分・16mm・白黒)
'50(記録映画社)(監)上野耕三

刈干切り唄(42分・35mm・白黒)
'59(記録映画社)(監)(脚)上野耕三(撮)金山富男(録)金谷常三郎(音)草川啓

姫路城(27分・35mm・カラー)
'65(記録映画社)(監)(製)上野耕三(脚)北条明直(撮)金山富男(音)武田俊一


A-14 2/18(水)6:30pm 3/7(土)1:00pm

岩佐氏寿

(計101分)

戦後「日本ニュース」の企画編集で活躍するとともに、広く記録映画界に影響力を発 揮した岩佐氏寿(うじとし)(1911~1978)。国鉄労組の十月闘争を記録した終戦直後の 代表作「驀進」は、労働組合映画製作協議会(労映)の誕生(1947年)に先立つ先駆 的作品。また数々の賞に輝いた「ひとりの母の記録」における《再現》をめぐって、同 じ同盟通信社系の桑野茂との間に交された論争も有名である。

驀進(18分・35mm・白黒)
'46(国鉄労働組合)(監)岩佐氏寿

ひとりの母の記録(37分・16mm・白黒)
'55(岩波映画製作所)(監)京極高英(脚)岩佐氏寿(撮)加藤和三

森林 -北海道の国有林-(46分・16mm・カラー)
'63(東映教育映画部)(監)(脚)岩佐氏寿(撮)福井久彦(音)長沢勝俊(解)永井智雄


A-15 2/19(木)3:00pm 3/7(土)4:00pm 3/25(水)6:30pm

野田真吉

(計126分)

戦後に各種の先鋭的な芸術グループに参加しながら記録映画運動の中心的存在と して意欲的な創作=批評活動を展開した野田真吉(1916~93)。「農村住宅改善」は 過酷な自然環境と貧困のなかにある東北一円の農村住宅の構造の分析を通して生 活改善を訴えた戦前期の作品。東北地方に集約される社会問題や素朴な生活への 関心は「この雪の下に」以降、作品歴の中に大きな位置を占めることになる。

農村住宅改善(20分・16mm・白黒)
'41(東宝文化映画部)(監)野田眞吉(製)加納龍一(撮)福田三郎(録)酒井栄三(音) 服部良一

この雪の下に(33分・35mm・カラー)
'56(東京シネマ)(監)野田眞吉(製)岡田桑三(脚)吉見泰(撮)大小島嘉一(?)(録)片 山幹男(音)芥川也寸志(解)増田順二

東北のまつり 第1部・第2部・第3部(43分・35mm・カラー)
'56-57(東京シネマ)(監)(脚)野田眞吉(製)岡田桑三(撮)植松永吉(録)片山幹男、 加々良次郎(音)箕作秋吉(解)増田順二

忘れられた土地 -生活の記録シリーズ(30分・16mm・白黒)
'58(東京フィルム)(監)(脚)野田眞吉(撮)高橋佑次(録)大橋鉄矢(音)間宮芳生(解) 高島陽


A-16 2/19(木)6:30pm 3/17(火)3:00pm

豊田敬太

(計116分)

最初は劇映画の現場を志していたが、記録映画への関心から戦時中に理研科学映 画に転じた豊田敬太(1912~)は、戦後になって「鉄道電化」でデビュー、とりわけ傾 斜地の農民の重労働を捉えた「段々畑の人びと」により強い注目を浴びた。社会教 育ドラマを得意とし、岩佐氏寿らと共に初期の東映教育映画部を支え続けた。

鉄道電化(22分・16mm・白黒)
'50(理研映画)(監)豊田敬太(撮)菅沼正義

段々畑の人びと(29分・16mm・白黒)
'54(新理研映画)(監)豊田敬太(製)笛木重三郎(脚)片岡薫(撮)萱沼正義(編)和田 敬三(録)田中義造(音)岸清(出)中沢すみ江、高野二郎、木下ゆず子、島田文子、相 良和文

九十九里浜の子供たち(33分・35mm・白黒)
'56(東映教育映画部)(監)豊田敬太(脚)岩佐氏寿(撮)浦島進

煤煙の街の子どもたち(32分・35mm・パートカラー)
'57(東映教育映画部)(監)豊田敬太(製)赤川孝一、栗山富郎(脚)岩佐氏壽(撮)黒田 清巳(録)清島竹彦(音)三木稔(解)加藤嘉


A-17 2/20(金)3:00pm 3/17(火)6:30pm

菅家陳彦

(計110分)

日本映画社を退社し、フリーで活躍した菅家陳彦(かんけのぶひこ)(1923~1985)は、日 本製鋼室蘭製作所における大量首切りに抗して家族ぐるみで闘われた烈しいストラ イキを、生活に根差した視点から記録し「日鋼室蘭」に結実させた。またプロデュース 作品「月の輪古墳」では、郷土史を探る地元住民の姿を通して、戦前の歴史観を乗り 越えた、庶民による文化運動の可能性を示した。

197日の斗い 日鋼室蘭(24分・16mm・白黒)
'55(記録映画製作協議会=総評)(監)菅家陳彦(製)大野忠(撮)江連高元

月の輪古墳(29分・16mm・白黒)
'54(月の輪映画製作委員会=記録教育映画製作協議会)(構)荒井英郎、杉山正 美、吉見泰(製)菅家陳彦(撮)龍神孝正、川村浩士(録)片山幹男(音)箕作秋吉(解) 丸山章治

流氷の町(57分・16mm・白黒)
'61(記録映画社)(監)(脚)菅家陳彦(製)上野耕三(原)長光太(撮)佐藤正(録)王鞍義 明(音)伊福部昭(解)後藤陽吉


A-18 2/20(金)6:30pm 3/18(水)3:00pm

岡部久と山峡視覚教育研究所

(計98分)

専ら農業教育映画の製作に情熱を傾けた岡部久(1913~)は、自らが中心となって 設立した山峡視覚教育研究所でユニークな活動を展開した。新潟県のPR映画とし て製作された代表作「芦沼」は、阿賀野川と信濃川の河口地帯にひろがる水田に施 された排水設備の改良と、開発以前の沼地での小舟を用いた過酷な稲作や農民の 貧困を圧倒的な迫力で対照させている。

ずいむし(24分・16mm・白黒)
'51(山峡視覚教育研究所)(監)(脚)岡部久(製)指導太田仁吉(撮)関口敏雄

芦沼(43分・16mm・白黒)
'54(山峡視覚教育研究所)(監)(脚)岡部久企画野原正(撮)岸田二郎(録)西川豊 (音)伊藤宣二

稲と尿素(31分・16mm・白黒)
'57(山峡視覚教育研究所)(監)(脚)(撮)岡部久(録)田中啓二


A-19 2/21(土)1:00pm 3/18(水)6:30pm 3/26(木)3:00pm

岩波映画の誕生

(計61分)

吉野馨治や小口禎三らは、日本映画社の再編を境に、かつて「雪の結晶」の指導に 携わった北海道大学の中谷宇吉郎教授と共に、岩波書店の後押しで科学映画「凸 レンズ」と「はえのいない町」の撮影を開始した。間もなく岩波映画製作所を創立、そ の科学精神がもたらした成功は文化・記録映画界を戦後の興隆へと導くきっかけと なる。

凸レンズ(16分・16mm・白黒)
'50(岩波中谷研究室)指導中谷宇吉郎(製)小口禎三(撮)吉野馨治(解)古田弘子

はえのいない町(12分・16mm・白黒)
'50(岩波映画製作所)(監)村治夫(監)(撮)吉野馨治

刃物のはたらき(11分・16mm・白黒)
'54(岩波映画製作所)(監)奥山大六郎(脚)花島政人、小口八郎(撮)吉田六郎、榛葉 豊明

(11分・16mm・白黒)
'54(岩波映画製作所)(監)(撮)吉田六郎(製)吉野馨治(脚)小口八郎

かえるの発生(11分・16mm・白黒)
'55(岩波映画製作所)(監)(撮)吉田六郎(脚)小口八郎


A-20 2/21(土)4:00pm 3/19(木)3:00pm 3/26(木)6:30pm

伊勢長之助[1]

桑野茂や岩佐氏寿とともに戦後「日本ニュース」の中心的なスタッフとして活躍した伊 勢長之助(1912~73)。戦後に製作された数多くの著名な記録映画が彼の編集を経 て完成されている。ダム工法を革新したといわれる天竜川、佐久間発電所の建設記 録「佐久間ダム」は、経済成長に伴う1950年代後半以降の産業PR映画の興隆を象 徴する大作。大型機械の導入で着工からわずか3年余りで完成に至る合理主義的 な築造工程が三部作にわけて詳細に記録された。今回上映されるのはその総集 篇。

佐久間ダム [総集篇](96分・35mm・カラー)
'58(岩波映画製作所)(監)(脚)高村武次(撮)小村静夫、加藤和三、藤瀬季彦(編)伊 勢長之助、(音)伊福部昭、芥川也寸志


A-21 2/24(火)3:00pm 3/19(木)6:30pm 3/28(土)4:00pm

伊勢長之助[2]

(計78分)

担当作品の知名度や多様性に加えて、《編集の神様》と呼ばれた伊勢長之助が若い 世代に及ぼした影響は多大だったと言われる。その(撮影現場への関心を敢えて排 除した)編集室への執着=「素材主義」に対する小川紳介の批評(「リズミカルな非常 にテンポのいいモンタージュ、そして整合性」)からも、伊勢作品のスタイルが当時の 記録映画にある種の規範を構築していた様子をうかがうことができる。

-東京裁判- 世紀の判決(17分・35mm・白黒)
'48(日本映画社=新世界映画社=理研映画)(製)作責任桑野茂(構)(編)松村清四 郎、吉見泰、伊勢長之助(撮)藤波次郎、淺井達三、大小島嘉一、高場■(録)鈴木 優、國島正男

野球教室 打撃篇(19分・35mm・白黒)
'49(日本映画社)(監)大峯淑生、伊勢長之助(製)中村正(撮)積田貞雄、稲垣浩邦、 橋本留次郎(録)国島正男(音)武田俊一(解)中澤不二雄、飯田次男

巨船ネス・サブリン(42分・35mm・カラー)
'61(岩波映画製作所)(監)楠木徳男(製)小口禎三(構)(編)伊勢長之助(撮)牛山邦 一(録)久保田幸男(音)芥川也寸志(解)芥川比呂志


A-22 2/24(火)6:30pm 3/20(金)3:00pm

日本映画新社:西尾善介

(計92分)

戦後のメジャー作品を代表する作家の一人、西尾善介(1915~82)が日本映画新社 で手がけた関西電力による黒部川第四発電所建設の記録。当時盛んに作られたダ ム建設のPR映画であるとともに、断崖や激流に閉ざされた人跡稀な秘境を舞台とし た異色作である。景観の迫力で話題を呼んだ第一部と対照をなす第二部では、輸送 路となる大町、黒部両トンネルの過酷な掘削工事をドラマティックに描いている。 1968年に三船敏郎と石原裕次郎の共演で映画化された「黒部の太陽」の題材として も知られている。

黒部川第四水力発電所建設記録 第一部 黒部峽谷(39分・35mm・カラー)
'57(日本映画新社)(監)(脚)西尾善介(製)堀場伸世、藤田修一郎(撮)林田重男、丸 子幸一郎、潮田三代治、藤田正美、今村俊輔(編)伊勢長之助(録)国島正男(音)別 宮貞雄(解)藤倉修一

黒部川第4発電所建設 黒部峡谷 第2部 地底の凱歌 (53分・35mm・カラー)
'58(日本映画新社)(監)(脚)西尾善介(製)堀場伸世、藤本修一郎撮藤田正美、潮田 三代治(録)国島正男(音)別宮貞雄(解)藤倉修一


A-23 2/25(水)3:00pm 3/20(金)6:30pm

日本映画新社:桑野茂

(計103分)

戦後「日本ニュース」の製作部長としても知られる桑野茂(1912~77)が日本映画新 社で手がけた代表作。「メソポタミア」は1956年に派遣された東京大学イラク・イラン 遺跡調査団に随行し、アラブ諸国の歴史や風俗を紹介した長篇。この作品とともに 我が国の記録映画にも大型スクリーンの時代が到来した。アナモフィック・レンズ(東 宝スコープ)の装着によって機動性を奪われたアイモでの撮影は困難を極めたとい う。その制約を克服するためにジープからの隠し撮りを試みたという苦心談が残され ている。

谷間の歴史(31分・35mm・白黒)
'54(日本映画新社)(監)桑野茂(製)白井茂、夛田忠(撮)奈宮進(音)伊福部昭(解)小 山源喜

メソポタミア(72分・35mm・カラー)
'57(日本映画新社)(構)(編)桑野茂(製)堀場伸世(撮)中村誠二(録)国島正男(音)団 伊玖磨(解)小沢栄太郎


A-24 2/25(水)6:30pm 3/21(土・祝)1:00pm 3/27(金)3:00pm

日本映画新社:林田重男[1]

(計95分)

戦前から幾度も視線を海外に向け、「日本ニュース」でも活躍した行動派カメラマン 林田重男(1910~1985)。戦後はより大きなスケールで、観客の視野の拡がりを反映 した《世界踏破》の映像を支えることとなった。1956年6月に東宝系劇場で公開され た「カラコルム」は、長篇記録映画が一般劇場で公開される流れを生んだ記念碑的 な作品。また本特集では、長らく失われたと考えられていた満鉄作品「秘境熱河 前 篇」(横須賀市寄贈)の不燃化復元プリントを併映する。

秘境熱河 [前篇・部分](16分・35mm・白黒)
'36(満鉄弘報係)(編)芥川光蔵(撮)早川一郎、林田重雄(録)山口淳(音)紙恭輔(解) 丸山章治

カラコルム(79分・35mm・カラー)
'56(日本映画新社)(構)(編)伊勢長之助、中村敏郎(製)堀場伸世(撮)林田重男、中 村誠二(録)國島正男(音)黛敏郎、團伊玖磨(解)今福祝


A-25 2/26(木)3:00pm 3/21(土・祝)4:00pm 3/27(金)6:30pm

日本映画新社:林田重男[2]

第3回国際地球観測年(1958年)に備えて「昭和基地」建設に向かった日本南極地 域第1次観測隊の記録。日本映画新社による完成作品は「カラコルム」や「メソポタミ ア」などとともに堀場伸世が製作した長篇探検記録映画の一つとして劇場公開され た(東宝系)。その最も信頼されるカメラマンとして観測船「宗谷」に同乗した林田重 男は唯一の映画担当隊員として本作品のカラー撮影の他、ニュースやテレビ用の白 黒撮影、録音の全てをこなした。密群氷に囲まれた宗谷をソ連のオビ号が救援する 帰路のアクシデントは残り少ないストックから白黒フィルムを利用して撮影された。

南極大陸(114分・35mm・カラー)
'57(日本映画新社)(製)堀場伸世(撮)林田重男(編)伊勢長之助(録)国島正男(音) 別宮貞雄(解)秋山雪雄


■(構)=構成 (監)=監督・演出 (製)=製作・企画 (原)=原作・原案 (脚)=脚 本 (撮)=撮影 (編)=編集 (録)=録音 (美)=美術 (音)=音楽 (解)=解説  (出)=出演

■本特集には不完全なプリントが多く含まれています。

■記載した上映分数は、当日のものと多少異なることがあります。