「ショーは撮らない」という溝口が、セットまで完成していながら「忠臣蔵」につきものの討入りシーンを撮らなかったことで知られる後篇。引き続き隙のない作りを見せ、結局、討入りの様子は間接的に語られるという方法が採られた。映画統制のため興亜映画は松竹に吸収され、後篇の製作は松竹が引き継いだ。
大ホール
元禄忠臣蔵 後篇
「ショーは撮らない」という溝口が、セットまで完成していながら「忠臣蔵」につきものの討入りシーンを撮らなかったことで知られる後篇。引き続き隙のない作りを見せ、結局、討入りの様子は間接的に語られるという方法が採られた。映画統制のため興亜映画は松竹に吸収され、後篇の製作は松竹が引き継いだ。 ’42(松竹京都)(原)眞山青果(脚)原健一郎、依田義賢(撮)杉山公平(美)水谷浩(音)深井史郎(出)河原﨑長十郎、中村翫右衛門、中村鶴藏、河原﨑國太郎、嵐芳三郎、坂東調右衛門、助高屋助藏、瀬川菊之丞、市川笑太郎、梅村蓉子、山路ふみ子、三浦光子、髙峰三枝子、河津清三郎 |
|