東京国立近代美術館 フィルムセンター

東京国立近代美術館フィルムセンター 大ホール上映作品

発掘された映画たち2001:ロシア・ゴスフィルモフォンドで発見された日本映画

Cinema: Lost and Found - The Treasure of Japanese Cinema Returns from Russia

 フィルムセンターが収集・復元した作品を集中的に上映する企画「発掘された映画たち」は、私どもの日頃の収集・保存事業の成果をお見せする機会となっています。今回は、ロシアのゴスフィルモフォンドで発見された日本映画を上映します。ゴスフィルモフォンドはロシア国立の映画保存所で、5万5千タイトルの所蔵を誇る世界でも有数の映画保存機関です。

 かつて日本が占領した中国東北部(満州国)に、「満州映画協会」という映画機関があり、在留邦人のために多くの日本映画を輸入公開していました。終戦間際に侵攻したソ連軍がそれらの作品を持ち帰り、ゴスフィルモフォンドに収蔵されたようです。フィルムセンターでは、わが国では失われてしまった戦前・戦中の日本映画を求めてかねてから努力を続けてきましたが、東西対立の壁は険しく、状況が大きく変化したのは、ソビエト社会主義共和国連邦の解体、ロシア連邦共和国の成立以降でした。情報の開示、交換が活発化し、現地調査が可能となりました。

 これらの情勢を受けてフィルムセンターでは、1996年と1998年にゴスフィルモフォンドにおいて現地調査を行ないました。その結果、わが国には存在しないと思われる作品や、現存する国内版では欠落している場面が残されているプリントなどを多数確認し、今回の上映が実現しました。映像資料として高い価値を有する文化記録映画も多数残されていましたが、第1弾となる今回は劇映画中心の上映となります。

上映スケジュール

■(監)=監督・演出 (製)=製作・企画 (原)=原案 (脚)=脚本・脚色・潤色 (撮)=撮影 (編)=編集 (美)=美術 (録)=録音 (音)=音楽・作曲 (出)=出演

■本特集には不完全なプリントが含まれています。

■記載した上映分数は、当日のものと多少異なることがあります。

★=国内にはプリントが存在しないと思われる作品。

●=国内に同名プリントは存在するが、そのプリントでは欠落したりカットされている場面を有する作品。または、よりオリジナルに近い作品。


R-1 2/27(火)3:00pm 3/8(木)3:00pm 3/16(金)6:30pm

★救の手(35分・18fps・35mm・無声・白黒)

紡績工場で働く青年が事故に遭うが、簡易保険に加入していたために安心して療養できるという「簡易保険東京周知用映画劇」。製作の国際活映(国活)は、1920年に日活の対抗勢力であった天活を買収する形で成立したきわめて短命な映画会社で、寿命はわずか4年間、実質的には20、21年が活動時期と想定される。NFCでは、井上正夫、初代水谷八重子主演の「寒椿」(畑中蓼坡、1921年)を所蔵しているのみであり、この時期の日本映画のコレクションを付加したことは意義深い。林千歳は初期新劇史に登場する女優で、初舞台は松井須磨子の娘役だった。

'21(国際活映)(出)林千歳

★春は還る(41分・18fps・35mm・無声・白黒)

脚色監督の栗原喜三郎(栗原トーマス)、補助監督内田吐夢、撮影長谷川清、舞台尾崎章太郎らは、かつての大正活映(大活)のスタッフで、映画劇の確立を目指した革新的作品として映画史に特記される「アマチユア倶楽部」(1920年)の製作陣である。なかでも内田吐夢にとっては、大活から牧野教育映画へ移動、そこを去った後の放浪期にあたる。短命に終わった大活のスタッフが、長谷川清が設立した朝日キネマ合名社に集い、雌伏の時期を送っていたことがよく分かる。簡易保険局から受託製作した簡易保険のPR映画である。

'24(朝日キネマ合名社)(監)(脚)栗原喜三郎(原)簡易保険局(撮)長谷川清(美)尾崎章太郎(出)澁井如水、竜田静江、小島勉

★爆彈花嫁(23分・24fps・35mm・無声サウンド版・白黒)

もともとはサイレント喜劇「花婿奮戦」として製作され未公開だった作品。蒲田喜劇の名手、斎藤寅二郎監督が新たにサウンド版に改訂編集し公開したもの。その際、一部撮り直した部分もあるようである。尺八の師匠(谷麗光)とその娘(柳井小夜子)、金持ちの弟子(小倉繁)と貧乏な弟子(阿部正三郎)が繰り広げるスラップスティック・コメディ。柳井と阿部が恋仲で、谷が小倉に肩入れすることから物語はあらぬ方向に展開していく。阿部正三郎は、蒲田名物「与太者」シリーズで磯野秋雄、三井秀男とトリオを組み、人気を博した男優。小倉繁はナンセンス映画の巨匠、斎藤寅二郎作品の常連で、蒲田喜劇の代表選手であった。

'35(松竹)(監)佐々木啓祐(原)(脚)池田実三(撮)前野直之助(編)齋藤寅二郎(出)谷麗光、柳井小夜子、小倉繁、阿部正三郎、出雲八重子


R-2 2/27(火)6:30pm 3/10(土)1:00pm 3/16(金)3:00pm

●土(115分・35mm・白黒)

小作農の勘次(小杉勇)、その娘おつぎ(風見章子)、義父の卯平(山本嘉一)の地を這うような農民の暮らしを、春夏秋冬の季節とともに感傷をまじえず凝視したもので、戦前リアリズム映画の傑作として知られる。内田吐夢監督の戦前の到達点を示している。NFC所蔵版は戦前に作製された短縮版輸出用プリントで、戦後に旧東ドイツのフィルム・アーカイヴから里帰りしたものである。ゴス版も残念なことにラスト・シーンは欠落しているが、NFC版では欠落している場面が確認され、中でも1巻目が存在していたことは今回の大きな「発見」であった。朝、勘次が起床してから仕事に出て、帰りに庄屋の家に立ち寄るところまでの描写である。

'39(日活)(監)内田吐夢(原)長塚節(脚)八木隆一郎、北村勉(撮)碧川道夫(美)堀保治(音)乗松明宏(出)小杉勇、風見章子、どんぐり坊や、山本嘉一、見明凡太郎、山本礼三郎、鈴木三右衛門、藤村昌子、村田知栄子


R-3 2/28(水)3:00pm 3/8(木)6:30pm 3/17(土)4:00pm

★維新子守唄(50分・35mm・白黒)

今日残されている数少ない松竹京都撮影所作品。1950年7月に京都下加茂撮影所のフィルム倉庫で火災があり、1923年以降のネガフィルムを焼失したためである(「松竹七十年史」による)。松竹映画=蒲田、大船映画といった印象があるのは、この事故も一因かもしれない。勤王の志士が預けていった赤ん坊を育てる料亭の娘(伏見信子)の物語で、娘が赤ん坊の母親を幼馴染み、父親を京都所司代(海江田譲二)と偽ったために思いもかけぬ波紋が広がっていく。1940年といえば、文化映画の全国指定上映が開始されるなど時代は大きく戦時体制を準備しつつあった。そのような時期の密かな小品である。

'40(松竹)(監)星哲六(脚)御手洗一(撮)桝谷悦郎(出)伏見信子、柳さく子、瀧見すが子、白妙公子、成田光枝、人見芳子、富本民平、石原須磨男、尾上榮五郎、天野刄一、鹿島英次郎、海江田譲二、廣田昇、小川時次、山口勝久、光川京子、林由起子、保瀬英二郎

★をぢさん(60分・35mm・白黒)

世話好きで好人物のおじさんを演じるのは河村黎吉。町内の人気者のおじさんにとって気がかりなのは、近くに住む未亡人の幼い子供。亡くなった主人に世話になった関係で、なにくれとなく世話を焼くのだが、ある日、おじさんが持ちかえった土産の饅頭を食べた子供が病気になってしまった。おじさんは責任を感じて必死に祈りはじめるのだが……。飯田蝶子、坂本武、藤野秀夫、岡村文子など馴染みの面々が、戦時体制下の庶民をいつものように演じている。桑野通子は女児(桑野みゆき)出産後の復帰作でもある。渋谷実監督はこのあとの作品「激流」の途中で召集された。

'43(松竹)(監)澁谷実、原研吉(製)磯野利七郎(脚)池田忠雄(撮)長岡博之、武富善男(編)杉原芳子(美)江坂実(録)大村三郎、熊谷宏(音)仁木他喜男(出)河村黎吉、飯田蝶子、伊藤進介、大塚正義、桑野通子、山路義人、若水絹子、河野敏子、文谷千代子、藤野秀夫、岡村文子、坂本武、角秀夫、西村青兒、仲英之助、岩田龍子、縣秀介、長尾寛、遠山文雄、砂田光夫、水原弘志、青山万里子、山名佳津子、朝見英子、三笠朱実、中村実、安岡京子、森知美、村木幸子、倉内文子、中道操、加藤美枝子、井上喜美子


R-4 2/28(水)6:30pm 3/9(金)3:00pm 3/17(土)1:00pm

★お絹と番頭(73分・35mm・白黒)

銀座に店をかまえる老舗の足袋屋、福屋。近所では有名なインテリ番頭と、スマートな彼に反発ばかりしているお嬢さんを軸に、周囲の人々をユーモラスに描いた正月映画。隣の機械商と福屋の主人の地代をめぐる鞘当てなど、数々の松竹ホームドラマの定石が駆使されており、楽しく見ることができるだろう。どの娘にも気に入られてしまうのは、上原謙なら当然のことであるし、気は強そうだが実は従順というのも田中絹代ならではの役柄である。フケ役に藤野秀夫や斎藤達雄、脇役に「与太者」トリオを配した配役もこの時期の松竹映画の厚みを示している。戦時色がほとんど見えない点にも注意したい。池田忠雄の脚本、野村浩将の演出も職人芸を見せている。

'40(松竹)(監)野村浩将(脚)池田忠雄(撮)齋藤正夫(編)濱村義康(美)濱田辰雄(録)東城絹兒朗(音)伊藤宣二(出)田中絹代、上原謙、藤野秀夫、小林十九二、磯野秋雄、阿部正三郎、三井秀男、齋藤達雄、岡村文子、三宅邦子、近衛敏明、沖田儀一、河村黎吉、坪内美子、青山萬里子、久原良子、大塚君代、東山光子、草香田鶴子、葉山正雄


R-5 3/1(木)3:00pm 3/9(金)6:30pm 3/20(火・祝)4:00pm

★鍔鳴浪人(52分・35mm・白黒)

★續 鍔鳴浪人(70分・35mm・白黒)

阪東妻三郎主演の痛快時代劇。幕末、蝦夷地を抵当に外国から資金を得ようとした幕府の約定書ををめぐる謎と追跡の物語。居留白人、中国人、幕府抱医師、志士などが「三つ目の狼」を追って激しく争う。助演に沢村国太郎、原健作、市川春代を配し、当時の日活時代劇の厚みを感じさせる。敵役の外国人に扮した上田吉二郎、志村喬の演技も見もの。正篇が1939年12月29日、続篇が翌1月6日封切の正月映画である。荒井良平監督は手堅い演出で波乱万丈の物語をまとめている。時代劇の大スター阪東妻三郎の現存作品に新しい一本を付け加えることができた。

'39-'40(日活)(監)荒井良平(原)角田喜久雄(脚)比佐芳武(撮)松村禎三、荒木朝二郎(編)廣野哲康[正篇]、宮本信夫[続篇](録)海原幸夫(音)西梧郎(出)阪東妻三郎、澤村國太郎、原健作、瀬川路三郎、志村喬、上田吉二郎、仁禮功太郎、片岡市女藏、瀬戸一司、岡田熹久平、武林大八郎、岬弦太郎、谷譲二、市川春代、鷹島由良子、小林叶江、川上朱實


R-6 3/1(木)6:30pm 3/14(水)3:00pm 3/20(火・祝)1:00pm

★北極光(108分・35mm・白黒)

樺太における豊原(ユジノサハリンスク)―真岡(ホルムスク)間の豊真鉄道敷設工事を背景に描いた、新興キネマのメロドラマ大作。1921年から28年にかけて行なわれた実際の工事に材を採っている。大掛かりな現地ロケーションが行なわれており、いまやロシア領である「その地」に思い出のある人々の郷愁をかきたてる画面も多々あるだろう。田中重雄監督は自在に俳優を操り、悠々と物語を組み立てている。撮影の青島順一郎は、日活向島時代の溝口健二と組んだ名キャメラマン。応援撮影の岡崎宏三はその直系にあたり、潤色・美術の新藤兼人とともに現役であることはご存知の通りである。

'41(新興キネマ)(監)田中重雄(製)六車修(原)(脚)村上元三(脚)(美)新藤兼人(撮)青島順一郎(編)本庄益子(美)植田種康(録)神保幹雄(音)横田昌久(出)小柴幹治、美鳩まり、平井岐代子、原聖四郎、葛城文子、真山くみ子、新田実、黒田記代、加藤精一、岩田祐吉、淡島みどり、逢初夢子、山口勇、上田寛、若原雅夫、浦辺粂子、原不二男、鳥橋一平、植村謙二郎


R-7 3/2(金)3:00pm 3/21(水)6:30pm

★お市の方(88分・35mm・白黒)

1942年1月に新興キネマ、大都、日活の製作部門を吸収する形で大日本映画製作株式会社(大映)が設立された。松竹、東宝、大映の三社体制の成立であり、映画新体制確立の一環でもあった。この作品は新会社大映の大作時代劇の一つで、原作は谷崎潤一郎の「盲目物語」。監督には大学教授から映画監督に転じた野淵昶が当たっている。戦国時代の悲運を象徴する女性、織田信長の妹にして浅井長政の妻であるお市の方を襲った悲劇を描いている。織田と浅井の戦い、小谷城の落城を前に夫から兄のもとへ送り返されるお市に焦点を当て、悲壮交響楽を奏でることが監督の狙いであったという。

'42(大映)(監)(脚)野淵昶(原)谷崎潤一郎(撮)三木滋人(美)小栗美二(録)加瀬久(音)佐藤顕雄(出) 宮城千賀子、大友柳太郎、月形龍之介、阿部九州男、羅門光三郎、葛木香一、寺島貢、石黒達也、本郷秀雄、嵐徳三郎、水野浩、東良之助、荒木忍、粂譲、多岐征二、原聖四郎、島田敬一、高田篤、遠山満、森田肇、吉井滉、石川秀道、大隈一郎、上田玲子、歌川絹枝、大河三鈴、最上米子、西川静子


R-8 3/2(金)6:30pm 3/13(火)6:30pm 3/21(水)3:00pm

●海猫の港(93分・35mm・白黒)

唐津港の近くで昔から居酒屋「碇屋」を営む家族を中心に、彼らと近隣の人々の暮らしが時代の変化をまじえながら淡々と描かれていく。1897年の特別開港から始まり、海洋日本に貢献するために船員となって去っていく長男を見送る父の姿で終わる物語は、日清戦争から「大東亜戦争」へと向かう「時代」の歴史でもある。千葉泰樹監督は同年、南洋を舞台にした「白い壁画」という佳作を南旺映画(東宝に吸収される)最後の作品として完成後、大映に入社している。マルセル・パニョルの戯曲「マリウス」の翻案。

'42(大映)(監)千葉泰樹(脚)吉田二三夫、石田吉男(撮)長井信一(編)辻井正則(美)仲美喜雄(録)岩間久政(音)杉山長谷雄(出)杉狂兒、瀧口新太郎、見明凡太朗、姫美谷接子、中野正野、藤村昌子、五十川靜江、吉谷久雄、齋藤紫香、上代勇吉、吉川英蘭、長濱藤夫、北竜二、潮萬太郎、小宮一晃


R-9 3/3(土)1:00pm 3/13(火)3:00pm 3/22(木)6:30pm

●續 婦系圖(62分・35mm・白黒)

1942年版「婦系圖」の特徴は、主人公の早瀬主税(長谷川一夫)を爆薬研究の化学者に設定していることである。NFCでは1949年11月15日に再公開された際の総集篇=短縮版を所蔵しているが、総集篇では深夜まで研究に励む主税のもとを亡霊になったお蔦が訪ねてくるところがラスト・シーンになっている。今回発見された「續 婦系圖」には、その開発が成功し、主税との仲を裂いてお蔦(山田五十鈴)を死に追いやった師匠の酒井俊造(古川緑波)が主税に謝り、二人の仲を認めるという大団円が残されている。なお本作は続篇なので、湯島の別れの場面の直後、新橋駅から出発していく主税を見送りにお蔦が駆けつける場面から始まる。

'42(東宝)(監)マキノ正博(原)泉鏡花(脚)小國英雄(撮)三浦光雄(編)畑房雄(美)久保一雄(録)安惠重遠(音)鈴木静一(出)長谷川一夫、山田五十鈴、高峰秀子、古川緑波、山本禮三郎、進藤英太郎、菅井一郎、小杉義男、瀧口新太郎、山根壽子、田中筆子、澤村貞子、三益愛子


R-10 3/3(土)4:00pm 3/14(水)6:30pm 3/22(木)3:00pm

★大阪町人(80分・35mm・白黒)

講談などでも知られる赤穂浪士の討ち入りを側面から支えた大阪商人、天野屋利兵衛を描いた作品。大石蔵之助と武具調達を約束した天野屋だが、禁制武具の縄梯子を子供が持ち出したために、西町奉行松野河内之守から嫌疑を受け拘束される。客との約束を守り、商道を守るため、拷問に耐え黙秘を続ける天野屋だったが……。森一生監督は、商人道に殉じる大阪商人を手堅い演出で描き出し注目を浴びた。主演の羅門光三郎は小プロダクション出身だが、新興キネマを経て、この時期は大映で阪東妻三郎、片岡千恵蔵、市川右太衛門、嵐寛寿郎に次ぐ位置を占めていた。

'42(大映)(監)森一生(原)郷田悳(脚)冬島泰三(撮)川崎新太郎(編)宮田味津三(録)八田亥之助(音)望月太明吉(出)羅門光三郎、阿部九州男、荒木忍、東良之助、嵐徳三郎、葛木香一、高山徳右衛門、石黒達也、桐竹紋十郎、島田敬一、志茂山剛、小酒井健、市川海老三郎、高田篤、多岐征二、森田肇、藤川準、若原龍兒、水野浩、阪東太郎、東大路健策、三浦志郎、藤川善太、芝田總二、琴糸路、橘公子、常盤操子、香住佐代子、金剛麗子、岡春惠、西川静子、上田玲子


R-11 3/6(火)3:00pm 3/10(土)4:00pm 3/23(金)6:30pm

●父ありき(国内版5分+ゴス版72分・35mm・白黒)

父と息子の静かで深い情愛を描いた小津安二郎監督の戦前期の名作であるが、国内版(NFC版)は非常に音声の聞き取りにくい16mmプリントであった。これは35mm可燃性ネガを16mmに縮小する際、サウンドトラックにノイズを焼きこんでしまった結果らしく、残念なことにこの難聴版「父ありき」がわが国に現存する唯一のものであった。今回上映するプリントの特徴は、音声が明瞭なことである。そのことの意義は、小津映画の愛好家や研究者はご存知のはずである。比較のために国内版を5分間上映する。

'42(松竹)(監)(脚)小津安二郎(脚)池田忠雄、柳井隆雄(撮)厚田雄治(編)濱村義康(編)濱村義康(美)濱田辰雄(録)妹尾芳三郎(音)彩木暁一(出)笠智衆、佐野周二、津田晴彦、佐分利信、坂本武、水戸光子、大塚正義、日守新一、西村青児、谷麗光、河原侃二、倉田勇助、宮島健一、文谷千代子、奈良真養、大山健二、三井秀男、如月輝夫、久保田勝己、毛塚守彦、大杉恒雄、葉山正雄、永井達郎、藤松正太郎、小藤田正一、緒方喬、横山準、沖田儀一


R-12 3/6(火)6:30pm 3/23(金)3:00pm

●姿三四郎(国内版77分+ゴス版45分・35mm・白黒)

このプリントは、国内版(NFC版)ではカットされている部分が存在することに大きな意義がある。戦後の再々公開版「姿三四郎」の冒頭に掲げられる字幕によっても説明されているように、1943年3月に公開された「姿三四郎」は、翌年3月に再公開される際に「1856尺短縮された」が、この短縮部分のネガフィルムが散逸してしまった。ゴス版プリント自体は非常に欠落が多い不完全版だが、戦後版では字幕で説明されている場面、小夜(轟夕起子)が桧垣(月形龍之介)を嫌う場面が残されている。国内版と併せて上映する。

'43(東宝)(監)(脚)黒澤明(製)松崎啓次(原)富田常雄(撮)三村明(編)後藤敏男(美)戸塚正夫(録)樋口智久(音)鈴木静一(出)大河内傳次郎、藤田進、轟夕起子、月形龍之介、志村喬、花井蘭子、青山杉作、菅井一郎、小杉義男、高堂國典、瀬川路三郎、河野秋武、清川荘司、三田國夫、中村彰、坂内永三郎、山室耕


R-13 3/7(水)3:00pm 3/15(木)6:30pm 3/24(土)4:00pm

●小太刀を使ふ女(53分・35mm・白黒)

1877年の西南戦争、蜂起した薩摩軍は臼杵藩に侵攻した。その圧倒的な攻撃に抗した誇り高い武士の娘、律を初代水谷八重子が演じている。男たちは戦闘に出発し、律は残された家族を率いて寺院に避難するが、砲火に脅える弟の妻は逃げ出してしまう。後を追った律は、義妹に暴行を加えようとしていた薩摩軍の兵士を得意の小太刀で斬ってしまった……。「銃後の女性」たちの姿を描いた脚本は依田義賢、撮影は宮川一夫、ともに溝口健二を支えたスタッフである。丸根賛太郎は1935年に日活に入り、1939年に「春秋一刀流」で監督デビュー、この時期は新鋭監督であった。

'44(大映)(監)丸根賛太郎(製)清水竜之介(原)村上元三(脚)依田義賢(撮)宮川一夫(美)川村鬼世志(録)藤谷徳蔵(音)白木義信(出)水谷八重子、原健作、月丘夢路、光岡竜三郎、羅門光三郎、香住佐代子

★お馬は七十七萬石(56分・35mm・白黒)

島津藩の馬術指南、佐原孫四郎は殿の勘気にふれ、愛馬を連れて旅に出る。旅芝居の一座と親しくなり道中を共にするが、その途中、江戸へ向かうオランダ人の騎馬隊と馬をめぐって対立する。殿の面前で彼らと騎馬の腕を競うことになり、西洋の馬と日本の馬の戦いが始まった。脚本を安田公義の師にあたる稲垣浩が執筆しており、旅芝居の一座との交流などに彼の持ち味が発揮されている。ラストの競馬のシーンは迫力があり、意欲あふれる安田公義の監督デビユー作となっている。戸上城太郎はこの時期、無骨で野生的な個性を活かし活躍した。

'44(大映)(監)安田公義(製)山口哲平(脚)稲垣浩(撮)石本秀雄(編)松浦茂(録)海原幸夫(音)佐藤顕雄(出)戸上城太郎、月形龍之介、坂本武、嵐徳三郎、葛木香一、東良之助、南部章三、荒木忍、寺島貢、水野浩、島田照夫、大川原左雁次、志茂山剛、原聖四郎、岬弦太郎、小池柳星、嵐寛童、B・ゴロワノフ、モハメット・アクチュラー、橘公子、香住佐代子、二葉かほる、市川美津枝、江原良子


R-14 3/7(水)6:30pm 3/15(木)3:00pm 3/24(土)1:00pm

★狼火は上海に揚る(65分・35mm・白黒)

戦時体制下で製作された大映と中華電影の合作映画で、大規模な上海ロケを敢行した当時の話題作である。長州の志士、高杉晋作(阪東妻三郎)が上海で、英国の横暴やそれに対抗する太平天国の乱を目の当たりにし、攘夷思想(反欧米)を固めるという内容は、たしかに国策映画ではあるが、日中の多彩な出演者を巧みに捌きつつ、スケールの大きなシーンを組み立てていく稲垣浩監督の手腕は確かなものである。撮影の青島順一郎は「北極光」のキャメラマンで、ここにも若き日の岡崎宏三が参加している。沈翼周に扮する梅熹、王瑛に扮する李麗華はともに中華電影のスターである。

'44(大映=中華電影)(監)稲垣浩、岳楓(製)服部靜夫(脚)八尋不二(撮)青島順一郎、高橋武則、黄絽芬(美)角井平吉(録)加瀬久、林乗憲(音)西梧郎、梁楽音(出)阪東妻三郎、月形竜之介、石黒達也、梅熹、李麗華、王丹鳳